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「夕実さー、最近付き合い悪くない?」
「私もそれ思ってた! いっつも放課後どっか行っちゃうし。どこ行ってんの?」
「あー……えっと……」
明梨たちに尋ねられて、私は言葉に詰まった。そういえば、先輩のところに行くようになる前は部活に入っていないので大抵一緒に帰っていた。私はクラスで毎日会っているので大して気にしていなかったが、ほぼ毎日のように用事があるから、今日はちょっと……等と濁して別れていたので、気になるのも仕方ない。
「最近忙しくて」
上手いごまかし方が見つからなかった。ただなんとなく、先輩との時間は皆に教えたくなかった。
「ごめんね。でも今度一緒に遊び行く約束はちゃんと覚えてるし、楽しみにしてるから!」
「……まあいいや。そのうち教えてよー」
とりあえず解放してもらえてほっとした。
その日の放課後も、私は先輩のいる教室へ行った。
「朝露先輩! 今日は新しい本借りてきたんです! これ、読んだことありますか?」
「――土倉さん。いらっしゃい。ああ、それは去年読んだわ。お勧めよ」
微笑んで迎えてくれる先輩。この時間を、この場所を絶対に他の人に教えたくない。そう思った。
「ねえ夕実、最近いくらなんでもおかしいよ。どうしたの」
「え……」
昼休み、久しぶりに『ナイルに死す』を読んでいたら、突然明梨に声をかけられた。
「最近は休み時間もずっと本読んでて全然喋らないしさ」
「そういえばこの前、土倉さんが誰かと図書館行くとこ見たよ! あの人といつも一緒なの?」
――それは、先輩と一緒に図書館に行ったときのことだ。見られていたのか。
「いっつも変な本ばっか読んでさー。似合わないよ、そんな本」
「……っ、なんてこと言うの!」
これは、この本は、先輩と出会うきっかけになった本だ。いつになく大声を出して叫んでしまった。
「なんにも知らない癖に!」
「……だって、夕実が教えてくれないんじゃん! 変だよ夕実」
「別にいいでしょ!? 私が何読んでようが勝手じゃない!」
もういい、と言い捨てて、私は本だけ持って教室を出た。後ろから明梨たちの声が聞こえてきたが、耳を貸さなかった。
暫く廊下を歩いているうちに、じわじわと後悔の念が浮かんできた。いくらなんでも私の言い方が悪かった。歩みは次第にゆっくりになり、新教室棟への渡り廊下で止まった。
確かにここ最近は、先輩との時間を楽しみにして過ごしていた。先輩と一緒だと落ち着いて、安心できる。本を読んでいるときも同じだ。周りのことが気にならなくなる。だから、楽だった。
私は先輩と本に頼り過ぎているのかもしれない。外を見ながら、どうしたらいいのだろうと考えていた。
その日の放課後、私は新教室棟に行くことが出来なかった。用事があるから行けないとも言わないで、先輩に会わずに帰るのは初めてだった。
自分の部屋に入るとすぐに、ベッドに倒れこんだ。暫くぼんやりと天井を見ていたが、ふと横を見た時、開けっ放しの鞄の中にある『ナイルに死す』が見えた。
手を伸ばし、ぱらぱらとページをめくる。そこにあった言葉を見て、不意に気がついた。
――ああ、そうか。
私は、逃避していたのだ。先輩と本だけの世界に。
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