放課後、教室にて

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 放課後教室へ行かなくなってから、一週間が経った。  あの日自分が現実から逃げ続けていたことに気づいて、先輩が私のことを重荷に思っていたのではないかと思い始めたら、こわくて行くことが出来なくなってしまった。  そういえば、先輩は自分のクラスメイトの話など、プライベートな話題を全然出さなかった。あれは、私には色々と知られたくないからだったのではないか。面倒な後輩だと思われていたのだろうか。  明梨たちとはお互い言い過ぎたと謝って、仲直りできた。しかし、私の心は沈んだままで、今日も具合が悪いのではないかと心配されてしまった。申し訳ないと思いつつ、一人で早めに下校した。  家にいても、先輩のことを考えてしまう。 「――やっぱり、行ってみようかな……」  嫌われただろうと思う。でもこのまま謝りもせずに行かなくなって終わり、というのは、あまりにも不誠実だろう。明日こそは行こうと決意し、部屋の電灯を消してベッドに入った。  できるだけそっと、教室の中を覗いた。先輩は、いつかと同じように、一人窓の外をじっと眺めていた。 「朝露先輩……」  声が震えないよう気をつけながら声をかけ教室に入ると、先輩がぱっと振り向いた。 「土倉さん……!」  とても嬉しそうな声だった。耐えきれず、私は自分の目から涙がこぼれるのを感じた。 「ど、どうしたの? どうかしたの?」 「ちがうんです……あさつゆせんぱい、ごめんなさい……」  心配そうな顔の先輩に椅子へと連れていかれ、向かい合って座り、ぽつぽつと打ち明けた。  クラスで居心地の悪さを感じていたとき先輩に出会ったこと。先輩と過ごす時間が楽しくて仕方なくて、いつの間にか依存していたこと。友達と喧嘩した日、自分がずっと現実から逃避していたことに気づいたこと。 「だから、私……毎日押しかけて、先輩にすごく負担かけてたんじゃないかってやっと気づいて……そしたら、こわくて、来れなくなっちゃって……」 「――そうだったの。よかった」 「え……?」 「わたし、土倉さんに何かしちゃったかなって考えてたの」 そう言って先輩は、初めてわたしに打ち明け話をし始めた。 「わたしも、クラスの子たちとずっと一緒にいるのが辛かったの。クラスではうまく自分の素を見せることが出来なくて……。だから、土倉さんがいつもここに来てくれるのが嬉しくて、いろんな話が出来て楽しかった。でも、土倉さんはわたしのところに来てばかりで大丈夫かなって、それでいいのかなって不安だった」 「え……」  思わずこぼした言葉に、先輩は頷いた。 「だから、土倉さんが来なくなったとき、これで良かったんじゃないかなって思ったの。でもやっぱり寂しかった」  そう言って苦笑した先輩の瞳は、ほんの少しだけうるんでいるからか、薄い菫色に見えた。 「あのね、土倉さん」 「……はい」 「小説の世界に逃避して救いを求めていたのは、わたしなの。土倉さんも巻き込んじゃって、ごめんなさい」 「そんな……! そんなことないです! 私が、先輩にべったりくっついてたから!」 「ううん、でも、逃避し過ぎていたのは本当のことなのよ。小説を読んでいると自分とは全く違う世界の人々の暮らしが見られる。でもやっぱり同じ人間だから人間味があって共感できることも沢山あって。すごく楽しい。――ただ、わたしは逃避し続けてしまったのね。土倉さんが来てくれるようになって、初めて考えて、気づけたの」 「だから、わたしも土倉さんも、バランスをとらないといけないのね」  それから私と先輩は、お互いの悩み事について色々と相談した。こんなに長く一緒にいたのに、初めて聞くことばかりだった。少し気恥ずかしかったけれど、初めて先輩と分かり合えたのだという気がした。
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