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目指している志望大学への判定が、AからCに落ちてしまった。
季節はもう秋だというのに、勉強に集中出来ない。
父の浮気を知った日は取り乱していた母も、その後はなにもなかったように父と過ごしていた。
きっと私の受験が終わるまでは事を荒立てないように我慢しているのだと思う。
気丈な母らしい……
「すっげぇ良い天気!こういうのを小春日和っていうんだよね、りつ先輩っ。」
「……そうね。」
「りつ先輩の手作り弁当、いつ見ても美味そうっ。今度俺にも作ってよ。」
「……そうね。」
「もう予鈴のチャイム鳴ったよ?りつ先輩、教室に戻らなくていいの?」
「……そうね。」
父や母のようにとずっと真面目に生きてきた。
それは間違いだったのだろうか……
これから私に、自由に生きろと……?
……自由ってなに?不真面目にするってこと?
髪を茶色に染めてピアスでも開けてみる?
茶色といってもあまり明るくならない方がいいよね。栗色くらいが柔らかくて初対面の人にも好印象かしら。
髪が痛まないように地肌にも良いカラー素材を使っている美容院でしてもらわないと。
ピアスはちゃんと病院で開けて……その前に金属アレルギーがないか調べとかないと心配だわ。
開けたあとは膿まないように毎日消毒しないと。
ピアスを開けるのに良い時期ってあるのかしら───
────って。
真面目か!
自分の思考回路に突っ込まずにはいられない。
なに不真面目にすることを真面目に検討しているのだろう……
ふと視線を感じて横を向くと、沖君の顔がスレスレなところにあるもんだから驚いた。
「な、なに沖君?」
「りつ先輩、最近俺が話しかけてもずっと上の空。」
「そ、そう?えっと…もうそろそろ予鈴の時間よね?」
「とっくに本鈴鳴ったから。」
周りを見渡したら屋上には私達二人だけになっていた。
チャイムの音が全然耳に届いてこなかった。
慌てて立ち上がろうとしたら沖君に腕をグッと捕まれた。
「いいじゃん。このままサボろうよ。」
いやいや、サラリとなにを言っているの?
いやいや、待てよ……これが自由ってことか?
でも次の授業は私の苦手な数学だから出ておきたい。
暗記物の教科や副教科ならまだサボれるのかもだけど……
でも体育の先生は進路指導担当で、印象を悪くしちゃいけないから除外ね……って。
こんなことを長々と考えているから私は堅いって言われるんだわっ。
結局…私には授業をサボるだなんて無理ね。
「沖君も早く教室に戻るよ。ほらっ。」
腕を引っ張ろうとしたら反対に引き寄せられ、両手で抱きしめられてしまった。
「俺って…りつ先輩から見て、そんなに頼りにならない?」
…………沖君?
「りつ先輩悩んでるよね?辛いんだったら、俺の胸で良かったらいつでも貸すから。」
そう言うと沖君は、私の体をさらに強く抱きしめた……
四月に会った時は私とそんなに背は変わらなかったはずなのに、今では沖君の腕の中にスッポリと収まってしまう……
いつの間にこんなに大きくなっていたんだろう……?
私にとって沖君は二歳下の年下の男の子だ。
みんなは彼をカッコイイと騒ぐけれど、私には手のかかる可愛い弟みたいな存在になっていた。
だからドキッとするようなことをされても言われても、年下のくせに生意気だなあとしか感じていなかった。
なのに──────
今私を包み込む沖君の骨ばった手とか肩とか、筋肉質な胸板とか……
温かな体温も、耳に聞こえる呼吸音でさえグンと大人っぽく感じてしまった。
毎日見ていたから私が気付かなかっただけで、沖君はいつの間にか大人になって……いや、違う……
大人っぽくなったんじゃない。
男になっていたんだ。
そう気付いたら沖君のことを意識せずにはいられなくなってきた。
顔がみるみるうちに赤く染まっていく─────
「……ねえりつ先輩。それっていつもの赤面症?それとも……」
沖君が私の鼻に、自分の鼻先をチョンとくっ付けてきた。
「ようやく俺のこと、男として意識した?」
琥珀色の瞳で私のことを挑発的に見下ろしてきた。
なんなの、この背中からゾクゾクとわき立つくすぐったさはっ?!
「沖君っ、離れっ……」
「離れてもいいの?」
今すぐ離して欲しい。でも……もっとくっつきたいとも思ってしまう。
自分でもこの相反する感情をどうしていいのかわからず、モジモジと落ち着きがなくなってしまった。
「りつ先輩、耳まで真っ赤。いつもは年上ぶってるのに、そういうとこがホント、可愛い。」
これ以上なにか言われたら溶けるかもしれない。
沖君は私のおでこにチュッとキスをすると解放してくれた。
「今日はここまでにしといてあげる。教室に戻っていいよ。」
私の方が2歳も年上なのに、こういうことに関しては沖君の方がずっと先輩だ。
なによっ……生意気なんだからっ……!
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