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年下男子が生意気です。告白
卒業式の日。
同級生達が高校生活最後の朝を迎えている時間に、私は一人空港にいた。
試験開始時間は9時半からだ。
搭乗手続きも早々と済ませ、向こうに着いてからの試験会場までのアクセスを再度確認した。
時間に余裕を持たせて予定を組んであるので例え遅れたとしても大丈夫。
試験に向けて気持ちを落ち着かせながら、搭乗開始時刻になるのをロビーで待った。
「やっと話が出来ると思ったら、まさかの高跳び?」
私の隣の椅子にドカっと座った人物……
誰だかは見なくてもわかった。
「ここまで避けられるとさすがに凹む。」
どどどど、どうして沖君がっ?!
ま、幻じゃないよね?
紗奈だっ…紗奈のやつがチクったんだ……
あいつっ……!!
沖君からのねっとりとした視線を嫌というほど感じる。
言いたいことがあるなら言えばいいのにっ……
堪らずチラリと見てみると、唇を尖らせて睨んでいる沖君と目が合った。
……なんなのこれは……なんで私が怒られなきゃいけないの?
「元をたどれば沖君が不誠実なのが悪いんでしょ?」
「アリサは近所に住んでる幼馴染だから。」
幼馴染……?
と、恋心が芽生えちゃいましたっていうパターン?
「俺とはなにもないよ。アリサが好きなのは昔から兄貴の方で、あん時はりつ先輩のことを兄貴の彼女だって勘違いしたんだ。」
えっ…それって……
二人の間には恋愛感情はないってこと?
じゃああの時、この人は違うって言ったのは兄貴の彼女ではないって意味で……?
「それにあいつ…あんな格好してるけど性別男だし。本名ケンジだし。」
はぁああ?!
女ですらなかったってことっ?!!
「だったらそう言ってくれたら良かったのにっ!」
「言ったよ!りつ先輩が走って逃げるから……てか、声が野太いんだから普通気付くだろっ?」
確かに…可愛らしい顔の割には低い声だなあとは思った。口ヒゲも青かった気がする……
「りつ先輩のこと追いかけたけど途中で気持ち悪くなって吐いたし、そのまま三日間寝込んだし、家に電話しても出てくれないし、やっと学校で会えると思ったら話しかけんなオーラ全開だし……で、二ヶ月お預け喰らったトドメがコレ?」
沖君…踏んだり蹴ったりだな。そんな目に合わせた私が言うのもなんだけど……
申し訳なさすぎて謝罪の言葉さえ浮かばない……
沖君は鞄をゴソゴソと探ると、小さな箱を取り出した。
「クリスマスイブに渡そうと思ってたんだけど、遅れた。ゴメン。」
……沖君……
クリスマスイブの前日にいきなり誘ったのに、ちゃんとプレゼントを用意してくれてたんだ……
ゴメンて謝らなきゃいけないのは、私の方なのに……
「りつ先輩……俺と付き合ってよ。」
真っ直ぐに、私を見つめてくる琥珀色の澄んだ瞳……
沖君の、私に対する揺るぎない思いがひしひしと伝わってきた。
沖君の言い訳を勉強の邪魔だと言って聞きもせず、卒業式に会う約束まで破った私をまだ好きでいてくれる……
─────凄く、嬉しい………
沖君の手の平にちょこんと乗るプレゼントに手を伸ばそうとした時……
あの日の光景が過ぎって体が凍りついた。
「……りつ先輩?」
あのクリスマスイブの夜。
ぐちゃぐちゃに散乱した床にヘラヘラした父の汚い笑顔、場違いなクリスマスソング……
ぐるぐると回って真っ赤な血で染まっていく────
あの日から何度もフラッシュバックしては私を苦しめていた。
「ごめん沖君……私、これは受け取れない。」
「……どして?」
「私は沖君とは付き合えない……」
「俺のこと信用出来ない?」
私達は付き合ったとしても直ぐに離れ離れになる。
今の私には遠距離恋愛をする自信がない……
あの時、沖君にアホウドリの話を偉そうに語っていたのは私なのに。
自分の弱さに恥ずかしくて逃げ出したくなる……
「……信用するなんて無理。」
沖君を信用出来ないんじゃない。
私は、私に信用が持てないんだ───────
「りつ先輩が待てって言えば何年でも待つよ?会いたいって言えば飛んでいく。電話だって……」
「無理だよ沖君!もう止めて……!!」
ふとした瞬間にどうしてもあの日の光景がチラついてしまう。
その度に沖君と重ねて、苦しくなるのが目に見えている。
私はきっと、沖君のことも苦しめてしまう……
「沖君なら直ぐに良い子が見つかるよ。」
理想ばかりが大きすぎて、私はなにもわかってなかったんだ。
私達はまだ始まってもいない。
付き合って悲しい思いをするくらいなら、今離れる方が懸命だ。
もう搭乗の時間だ。行かないと……
「じゃあね、沖君。元気で。」
黙ったまま動かなくなった沖君に別れを告げ、搭乗口へと続く列に向かった。
これでいい。これでいいんだ──────
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