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私はまた、同じことを繰り返すところだった。
全てを思い出し、これだけははっきりと言える。
もう……沖君と離れ離れにはなりたくない。
だから私は、この入院中に……
沖君に……─────────
今後も友達として会って欲しいってお願いする!!
……えっ?
そこは告白するんじゃないのかって?
そんなことしようもんなら間違いなく顔が沸騰して爆発するからっ!!
チキンな私には、これがせいいっぱいです。
すいません……
………って。
私の左腕に、針がズブズブと差し込まれるのはこれで何回目だろう……
新人の看護師さんだろうか。
点滴用の針なのだけれど、注射を打つのが苦手なようだ。
今度は大丈夫ですっと言いながらもう三回も失敗している。
私の血管は細いらしく、手術前で絶食をしているせいもあって更に入りにくいのだと説明された。
うちの会社に入社してくる新人だって最初からなにもかも上手い人なんていない。
練習台になってあげようとは思うけれども、何度も刺すか刺さないかをためらい、ズブ…ズブブとゆっくりと止まりながら刺し込んでくるもんだからかなり痛い。
失敗してもいいからひと思いにやって欲しい。
看護師さんの緊張感が、私にも恐怖となって伝染する……
「こうなったら一番上手な人呼んで来ます!」
五回目を失敗した後に看護師さんが走っていった。
そんな人がいるなら二回目あたりで呼んで来て欲しかった……
無駄にだだっ広い部屋に一人残され、ため息が出た。
大部屋を希望していたのにベッドが空いてなくてまさかの一人部屋になってしまった。
ここは特別室らしく、一日8000円の別料金がかかる。
一泊二日だから1万6000円……
予想外の出費だ。
受付の人に、お見舞いに来られた方と気兼ねなく過ごせますよって言われたけれど、見舞い客なんて来ないし。
大した手術じゃないし、今日はクリスマスイブだし……
こんなヨーロピアン調の豪華な広いスペースでクリスマスボッチだなんて…余計寂しさが際立つだけだ。
なんか、つくづくついてない。
コンコンとドアをノックする音がしたので、はあーいと投げやりに返事をすると沖君が入ってきた。
上手な人とは沖君のことだったらしい……
貫禄のあるベテラン看護師さんがくるもんだと思っていたので油断していた。
沖君は慌てる私を見てクスっと笑った。
「りつ先輩の黒縁メガネ懐かしい。そうしてると高校生の頃と全然変わってないね。」
これは褒められているのだろうか貶されているのだろうか……
手術中はコンタクトは外さないといけない。
だからメガネをしているのだけれど……
このメガネは高校生の頃から愛用しているものだ。もっと今風のオシャレなものに買い換えておくべきだった。
手術中の注意事項は他にもたくさんある。
化粧はダメだし、締め付けるような下着もダメだ。
長い髪は邪魔にならならないように束ねておかなければならないし、パジャマは前開きのものでなければならない。
つまり……今の私はスッピンで、化粧水すら付けていない。
髪も黒ゴムで二つくくりにしているし、パジャマの下なんかノーブラだ。
その前開きのパジャマも、子供っぽいキャラもんしかなかったし……
改めてみるとなんてダサい格好をしているんだろう……
恥ずかしくなってきて布団をギリギリまで引き上げた。
沖君は私が寝ているベッドのそばまで来ると、腕を取って血管の位置を探り出した。
看護師さんと同じことをしているのに、沖君にされると妙にドキドキしてしまう……
再会してからこんな風に近くで向き合うのは初めてだ。
スクラブと呼ばれる半袖の白衣から覗く筋肉質な腕が、たくましくてなんだかエロチックに見えてしまった。
伏し目がちな瞳から伸びる長いまつ毛も、麗らかで艶っぽくて……
沖君の視線が上に移動し、バッチリと目が合ってしまった。
「……今、俺に見とれてたでしょ?」
「べ、べつに!」
図星だったので顔が赤くなってしまった。
沖君てこんなに色気があったっけ?
イケメンなのは昔からだけれど、この10年の間にさらに男度がパワーアップしている気がする。
意識するなっていう方が無理かも知れない……
「沖君て…ホント、立派になったよね〜。」
「そう?俺も久しぶりに会った時、りつ先輩がめっちゃ綺麗になってたからビビったよ。」
「さっきは変わってないって言った!」
「それは今はスッピンだから……そんなに顔まで布団で隠さなくてもいいのに。」
私がさらに真っ赤になるようなことをサラッと言わないで欲しい。
恥ずかしくて布団から出れないっ。
「10年経って差が縮まるどころか、ますますおいてけぼりにされた気がしたよ……」
……沖君……?
「りつ先輩、痩せてるから血管細いね。仕事ばっかくそ真面目にやって、まともに食べてないんじゃないの?」
「ちゃんと食べてるわよっ失礼ね!」
気のせいかな……
一瞬、沖君の声が凄く悲しそうに沈んで聞こえた。
ソロっと沖君の顔を盗み見ようとしたら、布団を引っペ返された。
「可愛いパジャマ姿のりつ先輩、発見っ。」
「な、なにすんの沖君!」
沖君は真っ赤になって慌てる私の足をむんずと掴むと、ベタベタと触り出した。
「点滴が腕からじゃ無理そうな時は足の甲からとかお尻からするの知らない?」
お、お尻から?!
沖君は私の足を一通り探ると、今度はお尻を触ろうと手を伸ばしてきた。
どうしよう…これってパンツまで下ろされたりする?
医療だ。これは単なる医療だから!
目を瞑って般若心経を唱えたのだけれど……
無理だっ!顔が溶けそうなくらい熱い!
「はい、終了〜。よく頑張りましたね。」
へっ……?
目を開けると点滴の針はちゃんと左腕に刺さっていた。
「……あれ、お尻にじゃないの?」
「お尻になんか刺すわけないじゃんっ。」
吹き出すように沖君はゲラゲラと笑った。
冗談、だったの……?
そうだった。沖君てこういうやつだった……!
こっちは真面目にどうしようかと焦ったのにっ!!
文句を言ってやろうと思ったら、先程とは別の看護師さんがノックをして入ってきた。
「沖先生。503号室の患者さんの点滴もお願いしていいですか?」
「ああ、もちろん。すぐ行く。」
凄いな沖君……
看護師さんがあんなに手こずってたのを一発で入れた。しかも気付かぬうちに。
本当に腕が良いんだな……
「では手術は三時からですので。準備の方よろしくお願いしますね。」
営業スマイルをして沖君は病室から出ていった。
しまった……
今のって大チャンスだったよね?
沖君が普通に接してくるから高校時代に戻ったみたいに言い合ってしまった。
あれから10年か─────……
沖君はあの頃のこと、どう思ってるのかな。
良い思い出って…思ってくれてるのかな。
いや……
それはないな。
私に振られたわけだし。
振ったというか返事もしてない……
あれだけ真剣に告白してくれたのに、無視って有り得ないよね?
私なら思い出したくもないって思う。
てか、二度と会いたくないって思う……
沖君……怒って、ないのかな……?
いや、普通怒らない?怒るよね?
私に再会した時、ゲッ!って思ったんじゃない?
笑顔で接してくれてるのはあくまでも私が患者だからであって、本心ではふざけんなよこのアマぁとか思ってんじゃないの?
そこは大人だから言わないだけで……
再会してからも私って、沖君に迷惑ばっかりかけてるし……
今後も友達として会いたいなんて私は思っているけれど、沖君からしたら大迷惑でしかないんじゃないだろうか……
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