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年下男子が生意気です。星空
いよいよ埋没歯の抜歯手術が始まる。
手術室にはお馴染みのユニットの椅子が置かれていて、私は点滴を付けたままそこに座った。
想像していたより部屋はコンパクトで、私の周りをスタッフの人が忙しなく動いていた。
命に関わるような手術ではないとはいえ、沢山並んだ物々しい器具や、心電図が自分に繋がれているのを見ていたら緊張してきた。
「点滴に麻酔入れていきますね〜。」
麻酔科医に声をかけられ、腕に冷りとした液体が入ってきたのを感じて急に不安になってきた。
説明では問題が起こる確率なんてかなり低いとは言っていたけれど、全身麻酔なんて初めてだ……
それが私で起こらないなんて保証はない。
「大丈夫。寝てる間に終わってるから。任せて。」
いつの間にか沖君が手術室に来ていて、私の頭を優しく撫でてくれていた。
温かな手の体温が、私の中の不安を取り除いていく……
準備に取り掛かろうとした沖君の服の袖を引っ張った。
「なに?まだ怖い?」
これから難しい手術をする沖君に、こんなことを言うのはどうかとも思う。
でも、本当は…再開した時に一番最初に言わなきゃいけない言葉だったんだ。
「沖君…ごめんね。」
「……うん?」
あの時、私達が付き合ったとしたらどうなっていたんだろう。
私が思ったように、お互い悲しい思いをして別れてしまったのかな……
そしたらこうやって再び出会うことはなく、永遠に離れ離れになっていたのかも知れない……
澄んだ琥珀色の瞳が真っ直ぐに私を見つめてくれている。
私も、目を逸らさずに真っ直ぐに見つめ返した。
やっと私は、この気持ちに正直でいられる。
「私、これからは自分の気持ちに逃げたりしないから。」
「……りつ先輩?」
─────私は今も昔も………
沖君のことだけが大好きだよ───────
麻酔で一気に深い眠りへと落ちていった。
寝て起きたら手術は無事に終了していた。
麻酔って凄い……いつ寝たのかさえ記憶にない。
気付いたら時計の針が一時間過ぎていて、まるでタイムワープしたような感覚だった。
そんな感じで手術自体はなんてことなかったんだけど……
病室で何度も鏡をチェックしてはため息が漏れた。
顔の左下部分がぷっくりと腫れている……
そりゃそうよね…口の中を切開してドリルで顎の骨削ったんだから。
看護師さんが言うにはまだマシな方だと……沖先生でなければもっとパンパンに腫れ上がってますし、痛くてご飯なんか食べれませんよ〜っと言われた。
確かに……痛みは薬が効いてるせいもあって、全然平気なんだよね。
おかげさまで出された晩御飯は残さずに食べることが出来た。
「夜の診察が8時からありますので。時間になりましたら一階の診察室までお越し下さいね。」
……こんな顔で沖君に会うの?
すっぴんメガネのキャラもんパジャマってだけでもかなりアウトなのに……
でもよくよく考えたら、手術の間ってずっと大口開けた状態で寝てたんだよね?
口の中どころか頭蓋骨まで見られたんだよね……?
どうなのそれ……
そこまできたら麻痺しちゃってなんだかもうよくわからん。
とりあえず……
まだ診察まで一時間はあるから、髪型と化粧だけでもなんとかしよう。
そう思ってベッドから立ち上がろうとした時、ドアをノックする音がして沖君が入ってきた。
「なんで布団の中に隠れたの?隠れんぼ?」
「沖君こそなにっ?なにしにきたのっ?!」
「今日の夜診はりつ先輩だけだし、俺の方からわざわざ出向いてあげたんだけど?」
そんな親切な出張サービスは要らないっ!!
髪の毛をクシで解こうとゴムを取ったもんだからボッサボサでサイアクだっ。
絶対見せたくないっ!
「出てこなかったら布団に潜り込んで診察するけどいい?」
いいわけがないっ!!
ガバッと布団から飛び出た。
「はい。あ──ん、は?」
沖君は私がこれを言われると照れるのがわかっていて、わざと強調するように言ってきた。
もうっ…どうにでもしてくれ。
開き直って沖君に大口を開けて見せた。
「出血も無いようだし、今のところ順調だね。」
クリスマスイブの夜。
こんな豪華な部屋で好きな人と二人っきり……
頬っぺが腫れたボっロボロの状態じゃなきゃ最高のシュチュエーションなのに……
私にとってクリスマスイブって厄日なのかな……
一晩中泣きたい気分だ。
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