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────その日の放課後。
私は別館の三階にある空き教室へと急いでいた。
生徒会長である私に校則違反である不純異性交友を堂々と宣言するだなんて、宣戦布告としか言いようがない。
最初が肝心だ。ここはガツンと言ってやらねば……
息を切らせながら教室の前に着くと、扉が少しだけ開いていた。
まさかもう中で始まっているのだろうか……
さすがに真っ最中の男女の間に割って入ることは出来ない。
中の様子を伺おうと、隙間にコソッと顔を近づけた。
「なに人がHしてるとこ見ようとしてんの?」
扉がガラリと開くもんだから前につんのめって教室の中に転がり込んでしまった。
「りつ先輩ってヤ〜ラシイ。」
「わ、私はあなた達を注意しに来ただけでっ……!」
夕日でオレンジ色に染まった教室にいたのは、沖君ひとりだけだった。
あれ、相手の女の子は?
「なにキョロキョロしてんの?俺の相手は元からりつ先輩だったんだけど?」
えっ……相手が私って………
沖君はそう言うなり扉の鍵をガチャりと閉めた。
なんの冗談だと思い鍵を開けようとしたのだが開かないっ。
「その鍵壊れてるから。開けるのにコツがいるんだよね。」
「ふざけてないで今すぐ開けて!」
力任せに鍵をこじ開けようとしていた私の手に沖君の手が重なる。
「う〜ん、どうしよっかな〜。」
すぐ後ろに立つ沖君の温かな息が首筋に当たった。
こんな密室で二人っきり。
放課後の人気のない校舎の端にある教室で叫んだところで、誰が気付いてくれるんだろう……
「りつ先輩、顔真っ赤。ねえそれって赤面症?それとも俺のこと誘ってる?」
私、騙されたんだ──────
後ろから腰に手を回してきたと思ったら、あっという間に机に押し倒されてしまった。
そのままキスをしてこようとしたので両手で口元をガードした。
「やだなあ、そんなに抵抗しないでよ。誰も見てないんだから楽しもうよっ。」
こんなことは愛し合う男女がしてこそお互いに分かち合えるものだ。
そもそも彼女が五人もいるくせに、なぜ今日知り合ったばかりの私なのかが理解出来ない。
「私はそんな軽いノリではしないから!今すぐどきなさいっ!」
「女なんてみんな同じでしょ?見栄えの良い男を連れて歩きたい。この人が彼氏だってSNSで自慢したい。別に中身は俺でなくったっていい。」
……なにを言っているんだろう………
本気でそんなことを思っているの……?
「だから俺もそれなりの見返りが欲しいだけ。」
恋愛をゲームのように捉えているのだろうか?
だとしたら、なんて薄っぺらくて悲しい考え方なのだろう……
「……沖君の人生において、何らかの接点を持つ人は3万人もいるの。」
沖君の動きがピタリと止まった。
人が生きているうちにすれ違うだけの人を入れたら膨大な数になる。
3万人とは、一言二言、直接顔を見てコミュニケーションを交わしたことのある人数だ。
「そのうち近い関係が3000人。さらにそのうち親しく会話を持つのが300人。友人と呼べるのが30人。親友と呼べるのが3人。」
「えっ、と……なんの話?」
戸惑う沖君を無視して話を続けた。
「人生80年としてあなたはまだ出会うべき人の五分の一にも出会えてないわ。それだけで他人はこうだと決めつけてしまうのは、まだまだ早いってこと!」
沖君は驚いたような表情をした。
琥珀色の瞳が私を探るようにゆらゆらと揺れている……
日本人では数パーセントしかいない珍しい色の瞳だ。
それは夕日に照らされ、よりオレンジ味を増していた。
見惚れるほどとても綺麗な瞳……
凛としていて、それでいてもろい……
この瞳が、彼の全てを表しているように見えた。
「なんか…シラケた。」
ポツリとそう言うと、私の上から離れて扉の鍵を開けた。
沖君の気が変わらないうちに、扉のすぐそばに立つ彼の横をすり抜けようと思ったのだが─────
「───沖君。」
私が立ち止まって声をかけると、沖君の体がピクリと反応した。
「あなただけを一番に大切に思ってくれる女性に、早く出会えるといいわね。」
琥珀色の瞳がこぼれるんじゃないかと思うほど、目を見開いて私のことを見つめた。
「りつ先輩って…ホント堅いわ……」
「そうね。よく言われるわ。」
じゃあと言って教室をあとにした。
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