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思いがけず沖君と再開してしまったせいで、出会った日の夢を見てしまった。
忘れようとしていた記憶が鮮明に蘇ってくる……
記憶につられてあの頃の気持ちまでもが─────
まずい。これは非常にまずいっ。
やっほー寒いね〜と言いながら紗奈が待ち合わせ場所までやって来た。
毎度のごとく人を30分以上も待たせているのになんにも気にする様子がない。
いつもなら私も30分以上説教を仕返してやるのだが、今日はそんな場合ではない!
「紗奈どうしよう!!私の封印が解かれるっ!!」
「なにそれ厨二病?魔法でも使えるようになった?」
出会った日に、私は沖君に「一番に大切に思ってくれる女性が早く見つかればいいわね」と言った。
そして最後の日に、沖君は私に「あんたみたいな女を一番大切に思ってくれる男なんていないから」と言ったんだ……
思い出す度に呪縛のように私の胸を鋭くエグる。
実際その通りになってるし……
ほら見たことかと思われているに違いない。
なんで私…よりにもよって沖君のいる歯医者に飛び込んだんだろう……
なんで沖君…歯医者さんになんかなってんのよ……
「あの沖君が?すっごい偶然。もはやデスティニーなんじゃない?」
「運命なんかじゃないわよ。ただの不運!」
「いい機会だから、守りに守ったその処女捧げなさいよ。」
「捧げないからっ!」
「ラストダンジョンって感じで萌えない?」
「その厨二病設定止めて!!」
落ち込む私を紗奈はカジュアルなバーに連れていってくれた。
立ち飲み屋スタイルで女性は千円、男性は三千円払えば時間無制限でお酒を楽しめるらしい。
店内は若い男女で賑わっていた。
「ねえ紗奈…ここって……」
「そう!出会いを求める男女が集まるスポットよっ!」
だから私は出会いは求めてないんだって……
紗奈なりに私を元気づけよとしてくれているのはわかる。その気持ちは非常にありがたい。
が、私が男を苦手なことを忘れてないかい?
「きゃあ律子あの人見て!超カッコイイ!!」
紗奈が言う方を見たら奥の壁際で何人かの女性に囲まれた長身の男性がいた。
薄暗い間接照明の中でも一際目立ち、かなりのイケメンなのが伝わってきた……って──────
───────沖君っ?!
「よしっ、律子!あの女共を蹴散らしに行くわよ!」
「待って待って待て!紗奈っ!どうどう!!」
鼻息の荒い紗奈を牛や馬にするみたいになだめた。
今まで10年も影も形もなかったのに、なんなのこのノーマルキャラ並の出現率は!!
私は紗奈を引っ張り、隣で飲んでいた男性二人の間に無理やりねじ込んだ。
「このイケメンさん達と飲もう!!」
「え〜っ?ブッサイクじゃん。」
なに聞こえるように言ってんの!
確かに脂ギッシュで鼻毛出てっけど!!
「安静にしてるようにと言いませんでしたか?」
後ろから聞こえた穏やかなな口調に、全身の血の気が引いていくのがわかった。
騒ぎすぎて気付かれてしまったようだ。なにしてんだ私……
酒も男も禁止と言われていた。
どちらもする気などなかったけれど、こんなところを見られて違うだなんて通じない。
「あれ?もしかしてあなた沖君?めっちゃカッコよくなってるじゃん!」
「あなたは確か紗奈先輩ですよね?お久しぶりです。相変わらず華やかでお美しい。」
なんて紳士的で女心をがっちりと掴む挨拶だろう。
紗奈が肘で私の腕をグリグリと押してきた。
「やだあ律子。沖君、めっちゃ良い感じに成長してるじゃない。」
紗奈、あんた騙されてるから。
今目の前でニコニコしているのは営業スマイルで、中身はな──んも変わってないからっ!
紗奈は鼻毛っシュと二人で飲むからと言って私のことを煙たそうにシッシッと追い払った。
紗奈のくせにそんな変な気遣わなくてもいいからっ。
沖君は行こうと言って私のことを半場無理やり店の外へと連れ出した。
沖君からピリピリとした空気を感じる……
患者である私が言うことを聞かなかったから怒っているのかも知れない……
人気のない公園に来ると、私をベンチに座らせた。
沖君は目の前に立つと、私を囲むようにしてベンチの背もたれに両手を広げた。
顔が近い……今にも唇がくっつきそうだ。
「口開けないと、してあげないよ?」
えっ……するってなにを?
まさかこれって…………
一気に顔が真っ赤になった。
「炎症の状態診るだけだから。はい、あーんは?」
ペンライトを私の口元に当ててクスっと笑った。
私に勘違いさせるためにわざと紛らわしいことをしやがったな……
本当に性格が悪いっ。
「あんなバーで男漁り?」
口の中を診ながら小馬鹿にしたように尋ねてきた。
「違うからっ!あれは紗奈が……」
「口閉じないで開けててもらえますかー?」
沖君だって同じでしょ?と、負けじとジェスチャーで伝えた。
「俺は知人に頼まれただけ。俺が行けば女がわんさか寄ってくるからって。昔から女に不自由してないの知ってるっしょ?」
そりゃ…昔よりさらにモテているでしょうね。
沖君はペンライトを消してクルッと回すと胸のポケットに入れた。
「沖君て…もしかしてまだ不特定多数の人と付き合ってるの?」
「……だったらなに?」
「いい加減にそんな薄っぺらい付き合い方をするのは……」
「りつ先輩こそいい加減に俺のこと年下扱いするの止めてくれない?」
少し強めの口調で私の言葉を遮った。
あの頃と同じ、琥珀色の瞳が鋭く光る─────
「高校の時の二歳差はデカかったけど、今はそんなの差のうちに入らないから。」
──────私達はあの頃とは違う。
そう線を引かれたような気がした。
確かに私は…今でも沖君は生意気な年下男子で、自分の方が上だと偉そうに考えていたのかも知れない。
「人生80歳としてとっくに三分の一が過ぎたけど、りつ先輩がまだ大切な人とやらに出会えてないってのが笑ける。」
な、なんですってえ………!!
人を見下す沖君の態度に、腹の底からふつふつと怒りが沸いてきた。
おひとり様のなにが悪いの?
女が一人だと惨めだとか寂しそうだとか、勝手に決めつけられるのは腹が立つ!!
でも言い返す言葉がないっ!!
「帰る!!」
「腫れはもう引いてるから、予定通り術前検診と麻酔科医の説明を聞きに来なよ。」
記憶の中では、ただただ生意気な年下男子だった沖君が、上書きされる日がやってくるだなんて……
すっごく………悔しいっ!!
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