『湖水の町』

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入道雲が低くわき、湖水の表面は夏の陽を浴びてキラキラと輝きを放っている。 先程から哲也は湖水をずーっと眺めながら歩いている。 「しかし、デカイ湖だなぁー」 「このダムは、一昨年に完成したばかりだけど、それよりも10年も前から建設工事が始まっていたんだって。」 「そんなにかかるんだ・・・・ということは、俺たちが3歳の時から作り出していたんだ。」 「そういう事になるね。」 40~50分は歩いてみたが景色は同じだ。確かに今は湖水の水位は下がっているようだが、目指す『水底の町』は、いっこうに現れない。 「なあ壮太、もっと干あがらないと現れないのかもしれないな?」 「うん、確かに。ただ、この道の景色は何処かで見たような気がする・・・」 「どこの山道もみんな同じようなもんだよ。」 「壮太!ちょっと待って。あそこ・・・」 「どこ」 哲也の指さす方向にガードレールらしきものが水面に向って伸びている。 その先は水の中に吸い込まれるように消えている。 僕らは道に沿って近づいてみると、またその先には家の屋根らしきものが湖面に浮かんでいるように見える。 「ここだ、この下に町が沈んでいるんだ。」 哲也は興奮しながら、もっと近づこうと走り出した。 「見つけたぞ、壮太!」 僕は走り出した哲也を必死で追いかけた。 「うん、ばあちゃんが言っていた『水底の町』だ。本当に沈んでたんだ。」 「おい壮太、見ろよ・・・鳥居だ。」 見ると湖面に鳥居らしきものの上部が突き出している。 「本当だ、半分は水没しているけど、あれは神社の鳥居だ。」 「あそこに神社があったという事か。」 「この湖の底に、何十年か前に何人もの人の生活があったんだ・・・」 「壮太・・・・これって・・・」 「え、」 「もしかして・・・」 「あ、」 「さっきの写真!」 僕は、慌ててリュックの中から『水没前の町の写真』を取り出す。 二人で食い入るようにのぞき込む。 「もしかして此処は、ばあちゃんや父さんの住んでいた町か・・・」 僕はひとつ大きく呼吸した。 哲也は湖面に目を戻していた。あ 「俺たちが生まれた町だったのか・・・・」 僕らの視線の先には、神社の鳥居や水没した家の屋根が見えていた。 そしてその屋根も鳥居も泥をかぶり茶色くなっている。 何十年も昔のセピア色の写真を見ているようだった。
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