たとえ魔物に身をやつしても

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「……ってなわけ。手遅れかもって不安だったけど、間に合ったみたいで良かったよ」  手頃な倒木に二人して腰掛けて、僕は黒羽に事の次第を語り終えた。  神様になった感想だが、意外と万能でもないんだなという感じである。僕がまだ慣れていないだけかもしれないが、思い描いただけで天地を作り替えてしまうような、圧倒的なパワーは流石に行使出来ない。けれどそれでも物理的な力は強くなったし、人間のときよりも格段に素早く動ける。やり方さえ学べれば、他にも様々なことが可能になるだろう。  なお、ありがたいことに外見はほとんど変わらなかった。唯一、左目が黄色く変色してしまったが、これだけで済んでホッとしているのが本心だ。 「そんなことが……あったんだな」  長い沈黙を挟んだあと、愕然とした様子で黒羽が俯く。その肩は微かに震えていた。 「……驚いた?」 「つまり汝は、私のために人間を止めたっていうのか」 「有り体に言えばね」 「どうして……どうしてそんなことしたんだ! 汝にも家族や友人がいるだろう。汝がしたことは、その人たちと袂を分かつって意味なんだぞ! なのにどうして……」 「どうして、って。そんなの、君が言えた台詞じゃないだろ」  黒羽を見る。その頬にそっと手を添えて、こちらを向くように促した。 「自分の過去を振り返ってみな? 似たようなことしたくせに」 「っ!」  言葉を詰まらせる黒羽。当然だ。僕のために我が身を変化させた相手に、どうして、なんて言われる筋合いはない。  それでも納得しないのなら、僕としてはまあ、思いの丈を赤裸々にぶつけるのもやぶさかではない。けれどわざわざ、そんなことする意味もないだろう。 「……馬鹿だな」  やがて黒羽がポツリと呟く。心なしか潤んだ声。泣き笑い。隠してるつもりでも隠せてなかった。 「馬鹿だな、汝は……!」  くしゃっと歪んだその顔に、僕は堪らずドキリとなった。  辺りの空気が密度を増したような。しかも黒羽はどことなく上目遣いなような。彼女に触れた指の先が、ひどく敏感になっている。……抱き締めようか、どうしようか。迷った末に動けないのがいつもの僕。そうして、繊細なバランスの上に成り立っていた均衡は――予兆もなく、横から割り込んできた声によって破られた。 「その夫婦漫才はいつまで続きますか?」  木崎が目を覚ましていたのだ。咄嗟に黒羽を庇うように立ち上がった僕を、木崎は縛られた状態のまま、うえぇ、と舌を出して挑発する。暴れ出す気配は……ない。 「……いつから?」 「楓くんが苦しみだした辺りから。残念です、そのまま死んじゃえばよかったのに」 「盗み聞きとは趣味が悪い」 「あーらそうですか。褒め言葉ですね」 「……耳の穴を掃除したら?」 「だったらこの蔦、解いてくれます? 両手が使えなきゃ何にも出来なくって」  嫌みったらしく肩を竦めた仕草に、今更ながらため息が漏れる。友人として付き合ってた頃には分からなかったが、こんな性格してたのか……。  彼女の力であれば、拘束からは簡単に抜け出せる筈だ。にもかかわらず今のところ大人しくしているのは、迂闊な動きを見せようものなら、僕が迷わず制圧に乗り出してくることを悟っているからだろう。  そう考えればさっきは危なかった。これからは目を離さないようにしよう。  さて、当面の問題はこいつをどうするかだが……。 「何を躊躇ってる、楓。さっさと殺してしまおう」  黒羽が僕の横に立って言った。 「この女は危険だ。生かしておいたら何をするか分かったもんじゃない」 「おっと? わたしに負けたくせして舌だけは元気ですねぇ」 「何だと貴様っ!」 「もう一度お腹に穴開けてあげましょうか?」 「うるさい! 二人ともちょっと静かにして」  放っておいたら殺し合いを始めそうなので取り敢えず割って入った。木崎が不満げに口を尖らせる。 「先に言ったのはそっちでしょう。わたしは悪くないと思うんですけどー」 「だからうるさい。別に今すぐ殺してもいいんだよ」  大義名分はあるからね。低めの声でそう脅しつければ、お喋りな木崎もようやく静かになった。よし、それでいい。あのまま聞き続けたら僕の耳が腐ってしまう。  今すぐ殺してもいい、って告げたのは、裏を返せばまだ生かしておいてやるという意味だ。  こいつのせいで、僕も黒羽も散々な目に遭った。けれど一方で、こいつにはこいつなりの悲しい事情があった。だから、同情こそ微塵も抱けないけれど、情状酌量の余地くらいは残されているかなって思う。  というか、正直な所もう疲れた。木崎が死のうが生きようが、僕たちに関わってこなければどうでもいいってのが本音だ。 「……わたしを、これからどうするつもりです?」 「どうすると思う?」  問い返す。木崎は身体を芋虫のようにくねらせて、器用にもその場に正座した。 「打ち首。それか縛り首。でもって晒し首?」 「悪いけど僕に猟奇的趣味は無いの。君とは違うんだよ」  誇りにかけてハッキリと否定する。木崎は何も答えない。けれど僕は見逃さなかった。僕が首を横に振ったとき、彼女の顔に少しだけ安堵の表情が浮かんだのを。 「僕はね、君なんか二度と見たくない。だけど君のためにこの手を汚すのも嫌。だから追放しようと思うんだ」 「追放? 一体どこに……」 「君の(つがい)がいるとこだよ。言っただろ? 僕たちは結城を殺してない、蛇神様に預けたって」 「……ああそうですか。この期に及んで、まだそんな嘘を吐くんですね」  簡単には信じてくれないらしい。いや、あるいは信じたくても信じられないのだろうか。迂闊に喜んだ挙げ句、騙されて絶望するのが怖いのかもしれない。 「もういいです。そんなのいらないから、さっさと終わらせてくださいよ! どうせわたしじゃ楓くんには敵わないんです。煮るなり焼くなり好きにすれば良いじゃないですかぁ! 結城くんにやったみたいにぃ!」 「嘘ではない! やかましいぞ女狐っ!」  苛立ちが如実に表れている声で黒羽が怒鳴った。 「信じられんなら詳しく話してやろう。このお人好しはな、罪悪感なんていう私にもよく分からん理由を持ち出して、土壇場であの狐を許したんだ。狐の方は感謝など一つもしなかったがな。で、知り合いの神がタイミング良く眷属を欲しがっていたから、これ幸いとばかりに引き渡した」 「今はずうっと遠くにいる。だから当人を連れて来いと言われても、無理な話ってわけ」 「そんなの……そんなのどうやって信じろって言うんですか! 証拠も無いのに――」 「証拠ならここにあるとも」  唐突に降ってきた飄々とした声。僕たちがそちらを振り返れば、生い茂る木々をかき分けて、見覚えのある巨体が姿を現した。 「件の狐は私の管理下にある。神の肩書きにかけて約束しよう」  印象的な赤い瞳。光り輝く純白の鱗。  噂をすれば何とやら。マヤの友にして日南の主、蛇神様がそこにいた。
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