死にたいボクが探偵になったわけ

9/13
前へ
/75ページ
次へ
「ウ……」  男の体から痺れが抜けて、ゆっくりだが動かせるようになった。 「もう大丈夫だ」 「やった!」 「良かった!」  周囲から歓声が上がる。 「体、どうですか?」  男はボクの呼びかけにきょとんとしている。自分の身に何が起きたのか理解できないようだ。 「何がどうしてこうなった?」 「食中毒ではなかったようですね」  オーナーが一番ホッとしていたが、ボクの一言で再び青ざめた。 「おそらく、フグ毒に当たったんだと思われます」 「なんだって!」 「やっぱりそうじゃない!」  女がオーナーに詰め寄った。 「責任とってよ! 死ぬところだったじゃない!」 「まさか、そんな……、そんなはずは……」  今度はオーナーが震えだした。  店でフグ中毒を出してしまえば免許停止になりかねない。それ以前に噂だけで客足が遠のき店は潰れてしまう。フグ調理人として再起もできなくなる。 「フグ毒は一番神経を使って取り除いている!」  カゲハルがボクに説明を求めた。 「トキオ、もう一度ちゃんと説明してほしい。どうしてフグ毒だと考えたんだ?」 「では、順を追って今の出来事をおさらいしてみましょう」  ボクは、みんなに説明した。 「フグ毒というのは、青酸カリの850倍と言われる猛毒です。その処理には免許が必要で、毒のある部位は鍵のかかったゴミ箱に捨てて厳重管理されるほどです。ボクは小さいころからこの店に食べに来ていて、今まで一度もフグ毒に当たった人がいなかったことを知っています」 「だからと言って絶対にないとは限らないでしょ。現にこうしてフグ毒に当たったんだから」 「まあ、焦らないで聞いてください。ボクはこの店を信用していますから、最初は別の原因を考えました。そこで、彼の口の臭いを嗅ぎました」 「それで?」 「口の中には、ビールと食べ物と吐きかけた胃液の臭いしかありませんでした。即効性のある毒として有名なのが青酸カリですが、これを飲んだ場合は青酸ガスが胃の中で発生してアーモンド臭が口から出ます。気化しても毒性が非常に強く、周囲の人が中毒者の吐いた息を吸い込んだだけで、同様に中毒を起こしてしまいます。中毒を起こせば頭痛やめまいがしますが、ボクは平気でした。そこで青酸カリの可能性を排除できたので、人工呼吸を施せました。ここはフグ店。フグ毒に当たった場合、中毒者の息を他人が吸い込んでも無害なんです。なぜなら、フグ毒のテトロドトキシンは、人間の体内で無毒化されるからです。吐き出す息に毒性はないんです」 「そうなんだ。つまり、食べた人間以外が巻き込まれないってことか」 「そうです。フグ毒でなぜ死ぬかと言うと、神経を麻痺させて呼吸ができなくなるからです。死因は窒息死なんです。助かる方法はただ一つ、間髪入れずに呼吸をさせること。それで人工呼吸をしました」 「トキオの勇気には恐れ入ったよ」  カゲハルが謎解きよりボクの勇気を褒めた。 「もう一つ、フグ毒が原因だと分かる症状があります」  ボクは、床に座り込んでいる男に聞いた。 「体が痺れている間、意識はありましたか?」 「ああ、しっかりあったよ」 「そうだったんだ!」  オーナーと店員が驚いた。 「意識混濁が起きない。これもテトロドトキシンの特徴です。中毒者は、意識がある中で呼吸が止まり、じわじわと死んでいく苦痛と恐怖を味わうことになります」 「それは恐ろしいな」  誰もが意識があるまま死にゆく自分を想像して、恐怖に冷や汗をかいた。 「だけど、それじゃあ……、やはりフグ毒が原因だということか……」  オーナーにとっては何にも喜ばしくない。絶望の表情となった。
/75ページ

最初のコメントを投稿しよう!

78人が本棚に入れています
本棚に追加