死にたいボクが探偵になったわけ

10/13
前へ
/75ページ
次へ
 男が肩を落としたオーナーを怒鳴りつけた。 「きっちり落とし前をつけてもらうからな!」 「うわ……うわ……」  命までとられそうな迫力に後ずさりするオーナー。さっきの恩返しで、今度はボクがオーナーを助ける番だ。襟首を掴もうとする男と、逃げるオーナーの間に割って入った。 「待ってください! 落ち着いて! 肝心なのはそこなんです。これは、店のせいではないと思います」 「ここはフグ店だろ。フグ毒に当たったのに、店のせいじゃないってどういうことだ!」  女がボクに文句を言った。 「責任逃れしようたって、そうはいかないんだからね! 話を聞いていると、この店の常連のようじゃない。恣意的に味方しているんじゃないの?」 「では、なぜボクや他の客、何より、あなた自身に異常が起きないんでしょう。同じ築本コースを食べたんだ。使った食材も同じだ」 「私は鍋をまだ食べていなかったの。先にちっくんが食べて倒れたから、手を付けなかった」 「夢子!」 「ああ、えーと、彼が鍋を食べて倒れたのよ」  男は、「ちっくん」呼びがさすがに恥ずかしいようだった。 「それも変です」 「どこが?」 「テトロドトキシンは、食べてから中毒の症状が現れるまで20分から30分ほどかかるんです。てっちりを食べてすぐに倒れるはずがない。口にしたのは少なくとも20分以上前だ」 「20分前というと……」 「鍋を火にかけた頃です。二人はそれまでに出された、皮刺し、てっさ、唐揚げを同じ皿から食べていましたよね」 「食べたけど……」 「20分前に起きたことを、ここにいる誰もがよく覚えている」 「ああ、そうだね」「よく覚えている」  ちっくんがボクに向かって怒鳴ってきて、暴れて、オーナーに止められた。  おそらく全員がそれを思い浮かべたはずだ。 「20分前に料理以外でちっくんだけが口にしたもの……」  女がボクの言葉にハッとして見たその先には、男のグラスがあった。ボクと女は、ほぼ同時に体を前に出して手を伸ばした。 「あ!」  ギリギリの攻防でボクが先制。ちっくんが使っていたビールのグラスを取り上げた。 「ちょっと、やめてよ!」  女はボクの手からグラスを取り上げようとしたが届かなかった。 「この中にテトロドトキシンが入っているはずだ。オーナー、警察を呼んでください」 「ああ!」  女は頭を抱えた。 「夢子、どういうことだよ」  ちっくんがショックを受けた顔で夢子を問い詰めた。 「知らない! この人が変なのよ!」  否定する女をさらにボクが追い詰めた。 「あなたが20分間てっちりに手をつけなかったことが不自然なんですよ。なぜ食べなかったんですか?」
/75ページ

最初のコメントを投稿しよう!

78人が本棚に入れています
本棚に追加