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ボクとカゲハルは、腹も心も満たされて帰路についた。
「誰も死ななくて良かったなあ」
「こっちは無料になったし。棚ぼたラッキー」
「ちっくんって、本名はなんだったんだろう」
ちで始まる名前を交互に言って遊んだ。
「ち、ちかもと」
「ちー、ちかまつ」
「ちんけんいち」
「ちんけんみん」
「下の名じゃないの? ちんいち?」
「絶対違うと思う」
「他にあるかな」
これ以上思いつかなかった。
カゲハルがちっくんからボクの話題に変えた
「オレ、今日はトキオの隠れた才能に感心したよ」
「才能って?」
カゲハルは、ボクの前に回りこんで正面から見据えると、腰を屈めてガニ股にまでなって力説した。
「トキオには名探偵の素質ありってことさ」
「そんなもん、ないよ」
ボクはバカバカしいと一蹴した。
「しっかり謎解きしたじゃないか。犯人を追い詰めて自白までさせた」
「それは、最高の死に方を求めてミステリーやノンフィクション、監察医のレポなんかを読み込まくってきた結果、自然と身に着いた知識を披露しただけだ。探偵になろうなんて考えたこともないし、そのために調べてきたんじゃない」
「まだ死にたいと考えていたのか」
「別にいいだろ。どうしても考えてしまうんだ。理屈じゃない」
カゲハルは、真剣にボクに言った。
「考えようが考えまいが、人間は最後に死ぬ。考えるだけ時間の無駄。やりたいことがないだけだろ」
「何を言いたいんだよ」
「トキオは探偵ができる。探偵をやれ」
なぜ命令形。今までも強引だったが、こればかりは言いなりになりたくない。
「いやだ。誰かのために働くなんて」
「さっきはオーナーのために頑張ったじゃないか。感謝されて、嬉しかっただろ」
「だからと言って、そればかりしたいとは思わない」
ボクは、コンビニに行って、買いたいものを買って、好きな本を読んで死ぬまで暮らしたいんだ。
「ハー」
カゲハルから長い嘆息が出た。そんなことは初めてだったので、ボクは少しだけ怯んだ。
「自分じゃわかんないか。謎解き中、顔つきが全然違っていたよ。オレ、お前の生き生きとした顔を初めて見た。もっと見たいんだ。トキオの輝く顔を。二人で探偵をやろうよ。オレも戦場カメラマンを当分できないから暇はある」
「冗談にもほどがあるだろう」
「オレが冗談を言ったことがあるか? オレはいつだって本気だ」
カゲハルの言葉に嘘はない。
生徒会長になるぞと言えば、立候補して当選してしまう。
文化祭の出し物でクラス優勝するぞと言えば、リーダーになってみんなを動かして本当に優勝してしまう。
戦場カメラマンになると言えば、どこまでも行ってしまう。
突飛なことを言いだして周囲を驚かせても、有言実行してきた男。やると言ったら必ずやる。
「でも……、できるかな……」
「オレが事件を見つけてくるから、お前は家で待っていればいいよ」
「それなら……いいか」
カゲハルの熱意にも負けたのもあったが、探偵になれば死に方の研究ができるかも、事件に巻き込まれて早く死ねるかもと、邪なことを考えたボクは、不覚にもやってみてもいいかもと考えてしまった。
「わかった。やろう」
「ヒュー! ヤッハー」
カゲハルは、よく分からない歓声を上げ、大げさに飛び上がって喜び、ボクの背中をポンポンと2回叩いた。
「今までトキオにはオレの補佐を頼んできたが、今度はトキオが主役でオレが補佐だ」
役割まで決めてきた。
こうして、ボクが探偵、カゲハルが相棒として探偵業を始めることとなったんだ。
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