死にたいボクが探偵になったわけ

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***  オーセンティックバーで、ボクとリスはカウンターに並んで座っていた。 リスがカクテルグラスを傾けると、真っ赤な口紅が透明なグラスの(ふち)にうっすら残った。  光沢のあるシルクのワンピースは体にフィットして、細い腕を動かすたびにノースリーブの隙間から白い脇がのぞく。  ボクは、気付かれぬよう、ゆっくりゆっくり上半身をリスの方へ捻り、リスがこちらを向くと素早く正面を向いた。  ボクの話を聞き終わったリスが感想を口にした。 「ずいぶんと気楽に探偵を始めたのね」 「ああ! 気楽も気楽。大気楽」声が上ずった。 「探偵なんて、危険が伴うんじゃない?」 「いつでも死にたいボクにとって、死の恐怖はないんだ。事件に巻き込まれて死んだとしても後悔しないし、カゲハルがきっと仇を取ってくれると信じている」 「男と男の友情……。羨ましいわ……」  リスは、なまめかしい視線をボクに向けた。 「それにしても、中毒で倒れた人に人工呼吸するなんて、無謀だったんじゃない? もし他の毒だったらどうしようって考えなかったの? 自分が死んだかもしれないのに」 「何度も言っただろ。死にたいボクだよ? 死ぬことが怖くないんだ。ためらう必要なんかない」  リスは呆れた顔になった。 「万が一死んでもよかったってこと? 何も言い返せないわね。ところで、ちっくんの名前は何だったか分かったの?」 「ああ、後から聞いた」  後日、ちっくんがボクのところに仲間を引き連れて挨拶にやってきた。どいつもこいつもあくどい顔をしていたが、怖いぐらい低姿勢だった。 『とても失礼なことをしたにも関わらず、命を助けてくれてありがとうございました』  乱暴者が反省して真人間に改心していた。  ちっくんは、ボクに命を助けられたことを恩義に感じて、仲間にもボクを紹介して、『困ったことがあったらこいつらと力になります』とまで言ってくれた。 「ちっくんの本名は辛川智春。ともはると読むが、ちはるとも読めるから」 「ああ、それで、ちっくん。スッキリしたわ」 「それに加えて、すぐ親父にチクるとわめくチンケな奴って意味も裏にあるんだと、仲間がこっそり教えてくれた。それが真の意味。本人は知らないで使っているんだよ」 「チクるとわめくチンケなちっくんって訳ね。仲間から裏で笑われていたってことか」  本人だけが他人の真意に気付けない。人ってそういうもんなんだろうと、ボクは水割りのグラスを傾けた。 (終わり)
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