魅惑の未亡人

1/12
前へ
/75ページ
次へ

魅惑の未亡人

 ボクはカゲハルと探偵事務所を立ち上げたが、ど素人のところに依頼人などいきなりやってくるはずもなく、ボクのライフスタイルは以前と何ら変わらなかった。  三日に一度、コンビニに行く。冷蔵庫事情によっては、一日に二度行くこともあった。  それだけで、あとは家で過ごしていた。  カゲハルは、ボクのために事件を探してくると出かけたっきり連絡なし。  どこまで探しに行ったのか。はたまた、戦場カメラマンに復帰してどこかの国へ飛び去ったのか。  そういう奴だと分かっていたからそのうち帰ってくるだろう。ボクは、気にしないでいた。 「それにしても……」  カゲハルにそそのかされて作った表札ほどの小さな看板。それを見るたびボクはため息を吐いた。 ――『白夜探偵事務所』  黒地に白抜きのゴシック文字。小さくても仰々しい印象を与える。  ボクは青地が良かったんだが、白夜の白と、亜黒の黒だとカゲハルが強行した。  その本人がここにいない。 『宣伝は任せた』と言い残して、カゲハルは出て行った。  任されたけど、ボクが目立ちたくなくて一切宣伝しないから、ここに探偵事務所があるなんて誰も知らない。  探偵を探して住宅街を歩くものもいないだろうから、永遠に知られることはないだろう。  でも、それでいい。  何もしないで家にいても、今までと違う。仕事が舞い込んでくるのを待っているのだという大義名分が得られた。これは大きな収穫だった。  せっかく作った看板だったが、このまま朽ち果てていい。  ボクは静かに暮らしたいだけなんだと考えながら、何もしないスローな日々を過ごしていた。  そんなボクの平和なスローライフが壊されたきっかけの事件が、これから話す「未亡人殺人事件」だった。  これによって、ボクは世の中に探偵デビューすることとなってしまった。
/75ページ

最初のコメントを投稿しよう!

78人が本棚に入れています
本棚に追加