魅惑の未亡人

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 人見知りのボクは、一人で過ごすのが好きで誰とも話したくなかった。  それなのに、外に出ると向かいのおばさんと高確率で出会ってしまうのが悩みだった。  考えようによっては幸せなことなんだろう。会いたくない人に会ってしまうことが悩みってさ。  おばさんの名前は仙頭千代(せんずちよ)。  多分ボクの母より年上だろうけど、不思議と色気のある女性だった。  夫婦二人暮らしだったが、ボクの両親が亡くなる数か月前に夫が病死。一人暮らしとなっていた。  お金には困っていないらしく、働くこともなく毎日家にいる。立場は違えど、ボクと境遇が似ていた。  ボクの両親が生きていて千代さんの夫も元気だったころは、ボクの母が千代さんの話し相手をしていたから直接関わることはなく、存在を気にしたことなどなかった。  この千代さんが、同じくらいの時期に家族を亡くしたボクに親近感を持ったのか、外を歩くと必ず寄ってきて話しかけてくるようになった。その前から話しかけられることはあったが、母が防波堤となっていた。母が亡くなって、遮るものが無くなった。  ボクはこの人が特に苦手だった。  お喋り好きで、「今日は大学休み?」「毎日何しているの?」とボクの日常を詮索してくる。  休みだと答えてしまえば簡単なのだろうが、ブラブラと遊んで暮らしている後ろめたさと、遺産を食いつぶす怠け者と責められる気がして、詮索されるのが嫌だった。向こうも同じ状態だし、完全にボクの問題なんだろうけど。 「毎日、最高の死に方を考えています」と正直に言ったところで、向こうも困ったと思うんだ。  両親を亡くしたからだと深刻に受け止めて、自分がなんとかしなきゃと、ますます関わってこられても困る。  カウンセリングを勧められるかもしれない。新聞の人生相談コーナーにお便りを出してはどうかと言われるかもしれない。  ボクは悩んでいない!  解決策を求めていない!  人生相談やカウンセリングもいらない!  あるいは、ボクを歪んだ偏向人間として警戒するかもしれない。  それはそれで遠ざけることができるかもしれないが、変な目で見られてしまう。  近所で何か事件でも起きれば、千代さんからボクという怪しい人物がいると変な情報が警察にいってしまい、真っ先に疑われるかもしれない。  千代さんにしてみれば気晴らしの世間話でもしたいのだろうが、こっちは話題の提供ができない。  ボクは、どうやって千代さんから逃げればいいのかといつも悩んでいた。  外を出る前に千代さんが外にいないか確認し、道の途中で見かけたら進行後方を変えて避け、完全に不審者の動きとなっていた。  それでも運悪く捕まってしまったなら、曖昧な笑顔で逃げていた。  会わないように時間をずらして外出しても、やっぱり会ってしまうことを不思議に思っていた。  千代さんの行動パターンを知って外出の時間をずらそうと、「よく会いますね。いつ買い物に行くんですか?」と、探ってみたことがあった。 「家にいても暇だから、午前と午後の2回、買い物に出かけるの」  愕然とした。ほぼ、外にいるようなものじゃないか。  一日に何度も出かけて何を買うんだよと、心の中で舌打ちした。
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