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カゲハルにそんな千代さんについて話したこともあった。
「旦那がいなくなって寂しいんだろ」
「その寂しさをボクで埋めようとしてもね。求められても困るよ」
カゲハルは、ボクの愚痴を聞いて千代さんがどんな顔をしているのか興味が出て確認までした。
「年はずいぶん離れているが、なかなか色気があるじゃないか」
意外にも、好印象。
「暇とお金を持て余した魅惑の未亡人。ありじゃないのか?」
「ないわー。いくつ離れていると思っているんだよ」
「子供はいないの?」
「千代さんの子供はいない。夫の連れ子だった血のつながらない息子がいたけど、家を出て何年も帰ってきていないようだね」
父親が若い千代さんと再婚した直後に出て行って、それ以来帰ってこない。
父親が追い出したのか、自ら出て行ったのか、部外者には分からない。憶測しかできないが、何らかの確執があったことだけは容易に想像できる。
父親の闘病中でも帰ってこなかった息子が通夜の席にはいたので驚いたと、参列したボクの両親が言っていた。絶縁したわけじゃなかったと、二人が話していたのを思い出す。
見かけたのはそれきり。
息子が千代さん一人になった実家に顔を出すことはなかった。
「自分の子供はいない。親兄弟も訪ねてこない。義理の息子とも交流があったわけじゃない。誰も千代さんを気に掛けないってことか。寂しいね。それで人恋しくて、トキオにちょっかい出すのかも」
「ところが、誰も来ない訳じゃない」
「友達でも来るのか?」
「友達はみたことないけど……」
人嫌いのボクでさえカゲハルが遊びに来るというのに、千代さんは、社交的な割には同世代の友達が遊びに来たとか、おしゃれして仲間と外食に出かけたとか旅行に行ったとか、見たことも聞いたこともなかった。いつも一人で買い物袋を手に歩いていた。
お喋り好きなのに、不思議なことだった。
そこに来る唯一の訪問者がいた。
「信金の営業がたまにやってくる」
「勧誘? 向こうは仕事だな」
信金の営業が三日に一度の割合でやってきた。
スーパーカブが千代さんちの前でエンジンを停止すると、その音で出てきた千代さんが迎え入れて家に入っていき、数十分経つと出て行く。
エンジン音で、家にいるボクにも動きがよく分かった。
不思議に思って母に聞いたことがあった。あれは何をしに来ているのかと。
外回りの営業があの家で休憩していくんだと言われた。とても信じられなかったが、昔からお茶を出す慣習があるのだと説明された。
「友達が遊びにくるのとは、ちょっと違うよな」
「男女が籠って、中で何しているんだか分かんねえな」
カゲハルは、男女の仲じゃないかと邪推した。
「それはボクも考えたが、おじさんが生きていたときから来ていたからなあ。それに、その男はボクらと変わらないほど若くて、千代さんとは親子ほど離れていて想像つかないし、したくもない」
資産運用の相談で出入りするならなんとも思わないのだが、そうでないのだから、周囲の人間には理解し難かった。
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