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千代さんが亡くなって1か月が過ぎた。
数人の男たちが、空き家となった千代さんの家に出入りする姿が頻繁に見受けられるようになった。スーツ姿の男たちに混ざってラフなジャケットの痩せた男が一人見えた。あれが遺族で、あとは不動産関係者だろうと思った。
「あの家、取り壊されるのかな」
そんなことを考えながら、午後のティータイムを一人でまったり過ごしていたところにインターホンが鳴った。
モニターを見ると知らないおばさんだ。セールスか勧誘だろうと無視したが、何度も鳴らすので仕方なくインターホンで出た。
「何でしょうか?」
『こちらは探偵事務所ですか?』
「そうです」
探偵の看板を掲げていたことをボクはすっかり忘れていた。
『依頼したいのですが』
まさかの客。
「事件でお困りですか?」
『はい。とても困っています。助けて欲しいんです』
頼られると断れない。
「中へどうぞ」
知らない人は緊張するが、これも仕事だ。
ドアを開けて、年配女性を入れた。
「どうぞ」
ソファを勧めて向き合って座る。
女性はセレモニーでよく見るツイードジャケットを着ている。
ボクは白シャツにジーンズというラフな格好。
これで初依頼人と顔を合わせることになろうとは。でもまあ、スウェット上下でなかっただけマシだろう。
ボクは一番の疑問を質問した。
「ここが探偵事務所だと、どこで知ったんでしょうか」
「たまたま目に留まったもので」
「よく気付きましたね」
「そのための看板じゃないんですか?」
「そうですが」
わざと道路から離れたところに付けた小さな小さな看板。誰かの目につくことを期待していなかった。
「それで困っているというのは?」
「千頭はご存知ですよね」
「はい。すぐそこですから」
「私、千頭仙太郎の妹です」
「え?」
「松本英恵といいます。千代は私の義姉になります。年は向こうがずいぶん若かったですが」
「そう……だったんですか」
そうですねと言いそうになった。
「千代が先日亡くなったことはご存知ですよね?」
隠すこともないので、正直に伝えた。
「はい。警察に通報したのはボクですから」
ボクが第一発見者ではないけど、第一発見者が犯人として疑わしいからやってきたのかとやや身構える。
「そうでしたか。その節はありがとうございました」
杞憂だったので身構えを解く。
「いえ。ご近所ですから。それで、困っているというのは?」
「では、仙太郎と千代の間に博太郎という息子がいることもご存知でしょうか」
「いることは知っていましたが、会ったことはありません」
「これが博太郎です。仙太郎の通夜で撮ったものです」
松本英恵は、通夜で取った集合写真を出して一人の男を指した。千代さんの家に出入りしていた男たちの中にいた顔だ。
博太郎は、痩せて頬のこけた顔に大きな目がぎょろっと浮き出ていた。他の親戚たちが血色よく太った体型が多い中で一人貧相だった。
「この方でしたら、最近、家に出入りしていますね」
松本英恵は思いつめた表情で言った。
「私は、千代の死に博太郎が関与しているんじゃないかと疑っています」
そう来るとは思っていた。
「どうしてですか?」
「お葬式をしなかったからです」
「そうだったんですか」
千代さんのお葬式はボクが知らぬ間に終わったんだろうと思っていた。
「千代の遺体は警察に調べられた後、義理の息子である博太郎に返されました。私たち親戚は葬式の連絡を待っていたんですが、荼毘に付してから知らされました。博太郎が相談なく勝手にやってしまいました」
「それだけで怪しいとは言えないと思いますが」
「それだけじゃありません。あの家がもう売りに出されています。何もかも早いんです」
都心に近い100坪の一戸建て。古い上物に資産価値はないが、土地は高値となるだろう。
「警察は事件性がないと判断していますが」
ボクの言葉に松本英恵は納得いかない顔をした。
「博太郎には借金があります」
「お金に困っていたんですか」
「はい。仙太郎が亡くなった時、家を千代が相続し、博太郎は現金を貰いましたが、すぐに使い果たしてしまったようで、親戚にまで無心にきました。みんなに断られて帰りましたが。そうなると、目ぼしい資産はあの家だけです。千代が住んでいましたし、千代は健康でしたから平均寿命まであと40年は生きたでしょう」
松本英恵は、博太郎が金にくらんで千代さんを殺したと疑っている。
「それで甥の博太郎が千代さんを殺したと考えているんですね」
疑わしいと言えば疑わしい。
「事件性がなければそれでいいんです。小さいころから博太郎を知っていますから、それはそれで嬉しいので。ただ、今のままではずっと疑惑が残ってしまうでしょう。千代が殺されたのだとしたら、無念を晴らしてやりたいとも思います」
松本英恵の気持ちを汲んで、ボクは引き受けることにした。
「分かりました。真相を調べてみましょう」
「ああよかった。あの家を調べたければ、博太郎に頼みますから言ってください」
「その時はお願いします」
千代さんと博太郎について、もう少し情報が必要だった。
「千代さんっておいくつだったんですか?」
「42歳でした」
心臓発作で死ぬには若い。
「博太郎さんはおいくつですか?」
「38歳です」
年の近い二人が親子となるには無理があったようだ。
博太郎の現在の仕事先、住居など、必要な情報を伝えた松本英恵はくれぐれもよろしくと頭を何度も下げて帰っていった。
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