魅惑の未亡人

8/12
前へ
/75ページ
次へ
 台所には、千代さんが使ったらしき湯呑みだけがシンクに置かれていた。 「一人暮らしなのに湯吞みが二つあれば、来客の存在を匂わせるけど……」 「完全に一人だね」  映像はその後も家の中を映して回った。  おじさんの遺品、仏壇、古い婚礼ダンス、押し入れなど。どこを見ても特に気になるところはなかった。  争った形跡や荒らされた様子も全くなく、すべてが整然としている。 「家の中に異変は見当たらないだろ?」 「争った形跡も、物色の跡もない。物取り、強盗の類じゃなさそうだな」 「科学捜査を行った警察でも事件性はないとみている」 「だけど、親戚は息子を疑っているんだな」  映像はバスルームに移動。  最初のドアを開けると広めの脱衣室となる。洗面台とドラム式全自動洗濯乾燥機が映った。  奥にあるもう一つドアを開けると、目に飛び込む千代さんの遺体。  そこで映像が乱れて終わった。 「さすがに動揺して、これ以上撮影を続けられなかった」 「気持ちは分かる。故人の尊厳もあるからな。賢明な判断だ」  ボクは、あの時に気付いた違和感を説明しようと映像を脱衣室に戻した。 「この映像で、変なところはあると思う?」 「変なところ?」  カゲハルは、いろんなところを拡大して探した。  スマホ動画の便利なところは、タッチすればそこを拡大できることだろう。  しばらく見ていたカゲハルにも違和感の原因が分かった。 「脱いだ服が見当たらない」 「そういうと思った。ボクもそう思って衣服を捜してみた。洗濯機の中に服一式があったから、多分それだと思う」 「風呂を出てから着る服もないが?」 「なかったね」 「変だろう。裸じゃ風邪ひくぞ」 「バスタオルならあるから、これを使うのかも」  大判のバスタオルが畳んで棚に置かれていた。  一人暮らしなら、バスタオル一枚で家の中をウロウロしても問題ない。 「映像は以上だ」 「鍵を除いて、事件性は見受けられないな」  結論は警察と同じになったが、これでは依頼人を納得させられない。 「今度は息子を調べてみるか」 「よっしゃ! 聞き込みだ!」  警察はボクの証言から信金マンは調べたが、博太郎まで調べていないだろう。  ボクとカゲハルで手分けして、博太郎について聞き込みを開始。  数日後、集めた情報を持ち寄った。
/75ページ

最初のコメントを投稿しよう!

78人が本棚に入れています
本棚に追加