魅惑の未亡人

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「そんなことを⁉」  ボクが急に大きな声を出したので、カゲハルは飲もうとしたお茶をこぼしてしまった。 「ビックリさせるなよ。あーあ、急に大声を出すから……」  カゲハルの手元がビショビショになった。 「今、とても重要なことを言ったじゃないか。なぜそれを早く言わない」 「え? オレ、何か言った?」  カゲハルは、気付いていなかった。こぼれたお茶をティッシュで丁寧に拭きながら、ボクの言葉に耳を傾けた。 「近々返す当てがあるって」 「それについてはオレもどういうことかと確認した。『どうせその場しのぎの嘘だろう』と言って、同僚は信用していなかったよ。博太郎は言い訳だけは上手いらしい」 「今回だけは本当に大金が入る予定が分かっていたから、沖縄旅行に行けたんじゃないか? 博太郎は、千代さんの死を知っていたんだ」 「アリバイは完璧だったろ。それとも、誰かに頼んだとでも? 最近はわずかな金で手を汚す奴もいなくはないが、さすがに殺しを代行するには大金を求められる。そんな金、博太郎にはないだろう」 「そうだけど……。金が入ったら払うと言ったとか。それで売り急いでいるというのはどうだ?」  博太郎は誰かに殺しを頼んだのだろうか。  それとも何らかの方法で……。 「何か見落としていないか、もう一度見てみよう」  ボクは千代さんの動画を再生した。  開きっぱなしの玄関。整然と片付けられた家の中。洗濯機に入れられた服。冷えた風呂。 「あ……」  ボクは思い出した。風呂の湯が異常に冷たかったことを。  すぐカゲハルに訴えた。 「水風呂のようにお湯が冷たかった。一晩経って冷めたのだと思っていたけど……、それにしても冷えすぎていた」 「何度でもバスルームを見てみようよ」 「そうだね」  バスルームのシーンで停止すると、隅々まで拡大してみた。 「あれ? ……なんかおかしい」 「何か分かったか?」  ボクの言葉にカゲハルが身を乗り出した。 「バスルーム全体が変だ」 「どこがどう?」 「水滴が一切なかった。とても乾燥していた」 「風呂の湯は張ってあったのに?」 「そうだ。一晩中、湯に蓋をしないで放置したら、バスルームはどうなるとおもう?」 「ビッチョビチョだな」 「そうなんだよ!」 「それが乾燥していたということは……」  バスルーム内に水滴がつくのは結露が原因だ。  結露は、外気温と室内の温度差が大きく、室内側の水蒸気量が多いほど大量となる。  季節は冬で、夜の外気温は氷点下に近かった。バスルームは45度のお湯ならばそれに近い室温となったはずだ。  この条件で乾燥していたというのがおかしいとボクは気づいた。 「バスルームの室温は、外気温と変わらないほど冷えていたということだ。つまり、千代さんは沸かしていない風呂に入っていたんだ」 「本当に水風呂だったら、冷たさで心臓発作もありえるな」 「いや、自ら水風呂なんて入らないだろうよ」 「誰かに入れられたのか」 「そうなる」
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