魅惑の未亡人

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「失敗するところだった博太郎の計画に起きた嬉しい誤算がボクの登場だ。ノコノコ入って通報して、博太郎の計画通りとなった。知らぬ間にボクは加担させられてしまった」 「千代さんにとっては良かったじゃない。綺麗な姿で発見されて」  リスの言葉は優しい。 「そうだね。千代さんの体は冷たい水に守られて、三日も経ったようには全く見えなかったよ。まるでさっきまで生きていたかのようだった」 「ふふふ……」  リスは意味深に笑って、カクテルグラスを傾けた。 「依頼人も喜んだでしょう」 「ああ、とても感謝された」  松本英恵は、警察に捜査のやり直しを求めると同時に、弁護士を雇って博太郎の相続欠格確認裁判を行うと息まいていた。結局、あの家が欲しかったのだろうと思われる。  リスのグラスが空になり、バーテンダーに追加オーダーした。 「事件解決した気分のカクテルをお願い」  無茶なリクエストに嫌な顔することなく、「こちらはいかがでしょうか」と、暗いオレンジ色のカクテルを出してきた。  リスは試すように一口啜る。 「これ、美味しいわね。何て名前?」 「即興でおつくりしましたから、名前はないんですが……。そうですね……。ディテクティブ・サンセット、というのはどうでしょう。探偵の夕暮れという意味です」  落日の探偵ともいえる。 「気に入ったわ」  ほほ笑むリスの横顔をボクは見つめる。 『クソ……、月の裏側ぁ……』  トキオに犯行を指摘された博太郎が、最後に苦々しく言い放った妙な一言。  それがとても心に引っかかった。  歯ぎしりし喉奥から絞り出すように口にした小さな小さな声なのに、恨みを感じる禍々しい言い方だった。  月の裏側は、地球からは決して見えない場所。  だけどおそらく、博太郎はそんな意味で言ったんじゃない。  それが何を意味するのか、その時の自分には理解できていなかった。 (月の裏側……か)  トキオは、水割りをグイっと飲み干した。 (終わり)
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