死にたいボクが探偵になったわけ

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 カゲハルが「大学はどうだ?」と、聞いてきた。  ボクが大学生なのは知っているだろうが、海外にいて詳しいことを知らないはず。 「あまり行っていない……」  大学からは出席日数が足りないと言う警告が届いていた。  留年か希望すれば休学できるので、一度学生課に顔を出すようにとも通知に書かれていた。 「相変わらずだな。お前はオレがいないとすぐさぼる」 「そういうんじゃない」  不登校しがちだったボクの過去を彼は言っている。  毎朝迎えに来てくれたのはカゲハルだけで、この習慣は高校卒業まで続いた。  だから週に10回もうちに来たのだ。  カゲハルがいなかったら、ボクの人生は小学校で詰んでいたかもしれない。  それだけじゃない。  幼稚園から高校まで、カゲハルはボクが集団から孤立しないよういつも一緒にいてくれた。  グループ交際に引き込み、生徒会活動に巻き込み、どこかへ連れ出してくれた。  学校行事で役員を積極的に引き受けたカゲハルは、ボクを補佐役として起用しては近くに置くのが常だった。  このように物凄く世話になった。 「おじさんとおばさんは元気なのか?」  両親が亡くなった時、どこにいるか不明のカゲハルと連絡がつかなくて知らせていなかった。 「亡くなった」  ボクは、かいつまんで事故のことを教えた。  乗っていた列車が脱線して反対方向の列車と衝突したこと。両親は運悪くつぶれた車両にいて二人とも押しつぶされたこと……。  カゲハルは、しんみりと聞いた。 「それは残念だったな。おばさんには特に世話になったよ」  子供のころからボクの両親を知っているカゲハルにとっても、喪失感があったようでしばらく茫然とした。 「おばさんの作ったカレーライスは好きだったよ。あと、お好み焼きと焼きそばと、……ハンバーグを出してくれたこともあったな。ああ、コショウむすびはこの家で初めて知ったんだ。俵型の形も新鮮だった。今では自分も作るようになった」  どれだけ我が家で食べたんだと言うぐらい、思い出飯が出てくる。 「トキオは兄弟もいないし、天涯孤独になってしまったということか」 「そういうことになる……」 「じゃ、これからはオレが一緒にいてやる!」 「はい?」  ボクは驚いてカゲハルの顔を見つめた。 「いや、そこまでは……。さすがにハタチを過ぎているんだから、もう一人で大丈夫だよ」  つーか、気持ち悪いよ。 「遠慮すんなって! オレとお前の仲じゃないか!」 「戦場カメラマンの仕事はどうするんだよ」 「しばらく開店休業。何しろ入国禁止で現地に行けないからな」 「何かやらかしたのか?」  ボクは嫌な予感がした。  犯罪とは無縁だと信じているが、人が好いために利用されて罪を背負ってしまうようなことだってあり得なくない。  カゲハルは、心配するボクの背中をドン! と叩いた。 「ばかやろう! オレが犯罪するとでも思っているのかよ。そうじゃない。新型肺炎ウィルスだよ。あれのせいで、日本人は入国制限されているんだ」 「へ? そんなことって、あるの?」 「ニュースを観ていないのか。といっても、自分に関係ないと思えば気にしないよな。オレが仕事場にしている国はほとんど入れない。それで志半ばだが、仕方なく帰国したんだ」 「そうだったのか」 「予定では向こうで骨を埋めてもいいと思っていたんだが。運悪くヨーロッパを回ってから再入国しようとして空港で足止め。強制送還となってしまったってわけだ」 「はーん、世界は厳しいんだね」  海外に行った事がないボクには状況がつかめないので、言われたことを鵜呑みにするしかなかった。 「ところで一人暮らしのお前は普段何を食っているんだ?」  カゲハルは、コンビニの袋を覗き込んだ。  そこには買いこんだおにぎり、弁当、激辛インスタント麺、ジュース、スナック菓子が入っている。激辛インスタント麺は、ボクの嗜好ではなく、これしか残っていなかったため。ないよりマシと購入した。 「これ、いつ分?」 「おにぎりが昼で弁当が夜で、あとは明日と明後日の」 「まさか、これらで毎日済ませているんじゃないだろうな?」 「そうだけど……。今のコンビニ食は美味いんだぞ」 「オレが言いたいことは、そんなことじゃない」 「はいはい。栄養を考えてってことだろ。カゲハルも大人になったな」  カゲハルは、ボクの頭を大きな手で掴んだ。力を加減しているので痛くはない。 「同じ年だっつーの。どうせ死ぬから適当でいいと思っているんだろ。栄養バランスも大事だが、毎日一人で飯を食っているのかってことだよ。何を食べるかより、誰と食べるかが大事なんだ」  図星なので黙った。 「だって……」  わざわざ誰かと飯を食べに行く気力はない。そんな友達もいない。 「外に飯を食いに行くか」 「いい」  無下に断ったボクの顔をカゲハルが覗き込む。 「数年振りに会った親友に冷たいなあ」 「だって、外はウィルスだらけだ。不要不急の外出は控えるようにって、政府も言っている。外で食べるなんて、ウィルスの渦に飛び込むようなもんじゃないか」  ボクは週刊誌を見せた。 「死にたがっている奴のセリフじゃないぞ」  カゲハルは、ガハガハ笑った。 「何をしようが罹る奴は罹る、罹らない奴は罹らない。オレは衛生状態が最悪の国で何年も過ごしたが健康だ」  カゲハルは、自分の胸をパンパンと叩いた。 「変な細菌とかウィルスを持ち込んでいない? マラリアとか、黄熱病とか」 「熱、下痢だと入国できないが、オレは全く問題ない」 「新型肺炎ウィルスで隔離されないの?」 「該当国でなければ隔離はないようだ。さ、行こうか」  いつもこうだった。しり込みするボクをカゲハルが無理やり外に連れ出すのだ。 「どこへ行く?」 「そうだなあ……」  カゲハルは、顎ヒゲをなでながら考えた。ジジイみたいだ。 「そのヒゲ、伸ばしているの?」 「中東ではヒゲが必需品なんだよ」 「こっちではちょっと……。剃ったら?」 「そうだな。風呂に入ったら剃るよ」  カゲハルはあまり本気で考えていないようだったが、次に会った時にはきれいさっぱり剃ってきた。カゲハルは、いつだってボクの意見を尊重してくれた。 「久しぶりの日本だ。フグが食いたいかな。あれは日本でしか食べられないからな」  ボクの栄養を考えた上での選択なのか、自分が食べたいだけなのか、ちょっと疑問の選択だ。  ボクらは外に出ると肩を並べて歩いた。  高校卒業以来だ。またこうして二人並んで歩けることに感慨深いものを感じた。  カゲハルは、卒業式の翌日には唐突に日本を飛び出してボクの前から姿を消した。  何も聞かされていなかったボクは、ショックのあまり大学入学までの春休みを放心状態で過ごしたのだった。
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