死にたいボクが探偵になったわけ

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「フグとはいきなり豪勢だなあ」  日本に帰国して最初に食べたいものだろうかと、ボクは疑問に感じてしまう。 「向こうで食べたいものを食べられなかった反動。抑圧され過ぎて、オレ、タガが外れているかも」  食べ物への恨みを抱えていそうだ。 「だったら、なぜ行った」  ボクの中では、わだかまりがまだ解けていなかった。  再会したのは嬉しいが、黙っていなくなったことを水臭いと思わずにいられない。  正直、腹も立っていた。  次にカゲハルに会ったら、いろいろ問い詰めてやりたいと思っていた。  あんなやつとは金輪際縁切りだとも考えていたが、こうして顔を見るとそんなことはどこかに飛んで行ってしまって、再会を喜んで一緒に飯を食いに出かけている。我ながら矛盾している。  両親が亡くなったと聞いた時、ボクは大学にいた。信じたくなかったけど嘘じゃなくて。病院の安置室で二人を見て、愕然として……。そこからはよく覚えていない。  イトコのコイトがやってきて、役立たずのボクの代わりにテキパキと葬式を手配してくれた。  ジョークみたいな名前のイトコのコイトは、2歳上の姉のような存在だ。普段の交流は滅多になかったが、この時はさすがに放っておけなかったようで、うちに通ってボクの様子を見て、励ましたり、飯を食わせてくれたり。なんやかんや世話を焼いてくれて大いに助けられた。  葬式で、これからは一人で生きていかなきゃならないと実感した。その時、頭に浮かんだのはカゲハルだった。  戦場カメラマンは危険な仕事だろう。いつ死んでしまうか分からない。  海外で日本人が殺されたとか拉致されたとか、ニュースで聞くたびに胸が締め付けられるような息苦しさを覚えた。大使館や外務省のサイトを目を皿にして調べたりもした。  情報が出てこなくて安心する反面、知らないだけじゃないかとか、実は知っているのに隠しているんじゃないかとか疑ったりした。  こんなに心配したのに、当の本人は暢気な顔で帰ってきて、フグを食いたいと言う。  そういうもんかもしれないけど……。 「ばかやろう……」  ボクの口から思わず本音がこぼれた。 「ばかは重々承知している」  カゲハルは、ボクが何を言っても飄々と受け止めてくれる。そこが好きなんだけど、今回ばかりはそうじゃなくて、一言、悪かったと言ってもらいたかっただけなんだ。  「トキオ行きつけのフグ店はないのか?」  ボクの心配はカゲハルにとって余計事でまったく気に留めていない。今の彼が考えていることは、美味しいフグをどこで食べようかということだけだ。 「それなら、ふくや築本だな」  ふくや築本はフグ好きの父に連れられてよく通った店。オーナーとも顔なじみだった。
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