死にたいボクが探偵になったわけ

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 店に着いた。  丸々と太ったトラフグが泳ぐ水槽を横目で眺め、どの料理が最高に味わえるだろうかと考えて店内に入る。 「いらっしゃいませ!」  テーブル席に案内されて座ると、すぐに白髪交じりの短髪に深い皺が額に刻まれた50代のオーナーが、腰を屈めて挨拶にやってきた。オーナーは店長と料理長も兼任している。  オーナーの名は築本ではなく、細川だ。築本はのれん分けした本家の看板である。つまり、この店はオーナーがほぼ一人で切り盛りする個人店。  生前の父は、このような店を特に愛し、応援のためと称して頻繁に通っていた。 「白夜様、ご無沙汰しております。お父様とお母様は大変残念でございました。お父様には生前大変ご贔屓にしていただきましたこと、改めてお礼申し上げます」  何度も頭を下げられて、ボクは恐縮してしまった。  このような高級店をボクが父のように家族サービスや接待で使うことはない。カゲハルがフグを食べたがらなければ二度と来なかっただろう。 「ご注文はいかがいたしますか」 「いろいろ食べたいなあと思って悩んでいます」 「築本コースはいかがでしょう。てっさ、皮刺し、てっちり、唐揚げ、全部入ってお得です」 「それにします」 「すぐにご用意いたします」  オーナーが奥に引っ込んでしばらくして、若い店員が白子焼きを持ってきた。 「これは注文していないです」 「オーナーからのサービスです」 「そうですか」  ご丁寧に二人前ある。 「カゲハルの分もあるよ」 「オレまで貰っちゃって、なんか悪いな。無駄にならないよう、ありがたく頂くか」  カゲハルが遠慮した口ぶりにもかかわらずパクパクと食べていく。 「トロけるなあ。さすがフグ。白子も上品な味をしている」 「海外では白子を食べる?」 「白子は食べないな。中東ではヒツジや牛の脳みそを食べる。あれ、見た目も食感も白子に似ている」 「脳みそを食べるの?」 「食べるよ。脳みそは栄養価が高くて人気だ。食べると頭が良くなると言われている」 「いかにも、な伝承だな」  ボクはデマだと思って笑ったが、カゲハルは真面目な顔のままだ。 「ところがそうでもない。脳みそに含まれる栄養は、神経系の発達を促進させると証明されている。外国では脳みその方が一般的な食材だからな。どの地域でも食べられている。外から見ると、日本の白子料理の方がゲテモノ扱いなんだよ。ワーオ! 日本人はなんてものを食べているんだ、って驚かれる」 「そうだったんだ。知らなかった」  カゲハルは海外の雑学知識が豊富で話していて楽しい。
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