死にたいボクが探偵になったわけ

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 会話に夢中になっていると、若くないカップルが入ってきた。 「いらっしゃいませ。お好きなテーブルにどうぞ」 「オウ!」  男は30後半。顔がいかつく、肩を怒らせて大股で歩き、店員にも横柄な態度。柄シャツの胸元には金のごっついネックレス。両手に金のごっついブレスレット。  20代後半と(おぼ)しき女はロングの金髪に毛皮のコート。バッグも靴もブランド品。指にはたくさんの指輪をはめている。ギャル上がりの化粧。  第一印象はやくざと情婦。  男は、上座にあたる奥のテーブルにつこうとしたが、女が「ここでいい」と、ボクらの隣を選んでさっさと座ったので、男は致し方なく戻ってきて席に着いた。 ボクにしてみれば隣に来てほしくなかったが、カゲハルは何も気にしていない様子。戦場を渡り歩いているせいで、肝が据わっている。  銃口、硝煙、爆発。それに伴う死が日常と隣り合わせの世界から見れば、イキった日本の親父などかわいいものだろう。 「築本コースでいいか。あと、ビール。夢子は飲み物何にする?」 「同じでいい」  ボクらと同じ築本コースを注文した。  夢子と呼ばれた女は、これからフグを食べようとしている割には表情が暗い。男に連れてこられただけで、あまり好物ではないのかもしれない。  ジロジロ見すぎて絡まれてもいやなので、ボクは視線を自分のテーブルに戻した。  築本コースは、皮刺し、てっさ、唐揚げが出て、最後にてっちりとなるのだが、ボクらはコースにない白子焼きを食べていたから、隣のテーブルとほぼ同じタイミングで食べ進むこととなった。  皮刺しはフグの皮の細切り。グニグニでコリコリした食感を楽しむ。噛み続けると、口の中でゼリーのようなコラーゲンが広がる珍味だ。  てっさはフグの薄造り。先ほどまで泳いでいたフグの刺身は、新鮮で、表面が艶々していて食欲を誘ってくる。  モチモチした身は、薄くても弾力があり、味が詰まっていて、噛むごとに甘味が出て幸せな気分となる。  唐揚げは香ばしく、表面カラッと、中しっとり。鶏肉より淡泊で軽く食べられてしまう。 「次はてっちりです」  てっちりはフグ鍋のこと。  店員が鍋を卓上コンロに置いて、出汁をたっぷり入れたら火をつける。 「煮立たったらこちらをお入れください」  竹ザルに並べられたフグの切り身、野菜、豆腐、キノコ類。 「煮詰まったら、こちらの出汁を追加してください」  出汁の入ったケトルを置いていった。  沸々と煮立ってきたら、具を入れていく。  火が通った順にポン酢で食べていった。  フグは白身魚でもタラとは全く違ってばらけない。 「なんでフグってこんなに美味しいんだろう」  カゲハルは一口ごとに一々感動している。  彼の喜ぶ顔を見ているうちに、ボクの中にあったわだかまりが徐々に解けていき、空いた穴を埋めるように怒りから幸福感へと置き換わっていく。  つまり、ボクはカゲハルをすっかり許してしまったということだ。 「フグって、海外では食べられているのかなあ?」 「日本のように訓練を受けた職人が捌けば売ってよい国もある反面、イギリスでは全種類のフグが販売禁止となっている」 「へえ。日本以外でも知られているんだね」 「世界中の海にいるからな。毒ありは有名。フグの旨さは知られているけど、日本ほど積極的に食べる国はない」 「詳しいね」 「たまたまだ。ヨーロッパに行った時、食べられる店を探したことがあったんだ」  そこまでフグ好きなら、日本に戻って真っ先に食べたかったのも頷ける。 「そんなにフグ好きだったなんて、知らなかったよ」 「自分でも驚いている。海外に行く前は、フグなんて味のない魚だと思っていたぐらいだから。味覚が変わったのかな」
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