78人が本棚に入れています
本棚に追加
/75ページ
「離れないと、このまま刺す」
脅されても、トキオは動じない。
「本当に好きだったんだ。君に夢中だったことは嘘じゃない。最初は知らずに君という恋人ができて浮かれていた。途中から正体と目的に思い当ったが、しばらくは信じられなかった。ボクは『月の裏側』の追及にまい進した。君は無関係と証明するためだった」
トキオの目に涙が光る。
「トキオ……」
「警察に行かないのなら、このまま一緒に死のう」
「冗談でしょ」
リスは、握りしめたナイフをトキオの首に刺そうとしたが、腕を掴まれた。
「離しなさい!」
「そっちが離せ」
トキオは冷静さを失わない。
「私は捕まらない! 絶対に諦めない!」
「それならこっちにも考えがある」
トキオは、リスの手からナイフを取り上げると遠くに投げた。
そしてリスの体を固く抱きしめた。
「離してよ!」
「嫌だ」
トキオはリスを抱きしめたまま、窓辺に向かう。
「どうするつもり?」
「一緒に死ぬために、あそこから飛び降りる」
「え? 本気?」
低層とはいえ、転落すれば無事でいられない。
トキオは、ズルズルとリスを引きずり進んでいく。止められない。
「嘘! やめて! 分かった! 自首する! 自首するから!」
トキオは、必死に叫ぶリスを物ともせず、窓の鍵を開ける。
満月が浮かぶ夜空は思いのほか明るい。
二人で窓枠に上半身を乗せた。
遥か下に芝生が見える。
「やめて! 誰か! 助けて!」
高級なマンションは、天井も壁も厚くて防音仕様。下の部屋に上階の騒ぎは届かない。
トキオは、リスと抱き合ったまま窓から身を投げた。
最初のコメントを投稿しよう!