さよなら ムーン

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「離れないと、このまま刺す」  脅されても、トキオは動じない。 「本当に好きだったんだ。君に夢中だったことは嘘じゃない。最初は知らずに君という恋人ができて浮かれていた。途中から正体と目的に思い当ったが、しばらくは信じられなかった。ボクは『月の裏側』の追及にまい進した。君は無関係と証明するためだった」  トキオの目に涙が光る。 「トキオ……」 「警察に行かないのなら、このまま一緒に死のう」 「冗談でしょ」  リスは、握りしめたナイフをトキオの首に刺そうとしたが、腕を掴まれた。 「離しなさい!」 「そっちが離せ」  トキオは冷静さを失わない。 「私は捕まらない! 絶対に諦めない!」 「それならこっちにも考えがある」  トキオは、リスの手からナイフを取り上げると遠くに投げた。  そしてリスの体を固く抱きしめた。 「離してよ!」 「嫌だ」  トキオはリスを抱きしめたまま、窓辺に向かう。 「どうするつもり?」 「一緒に死ぬために、あそこから飛び降りる」 「え? 本気?」  低層とはいえ、転落すれば無事でいられない。  トキオは、ズルズルとリスを引きずり進んでいく。止められない。 「嘘! やめて! 分かった! 自首する! 自首するから!」  トキオは、必死に叫ぶリスを物ともせず、窓の鍵を開ける。  満月が浮かぶ夜空は思いのほか明るい。  二人で窓枠に上半身を乗せた。  遥か下に芝生が見える。 「やめて! 誰か! 助けて!」  高級なマンションは、天井も壁も厚くて防音仕様。下の部屋に上階の騒ぎは届かない。  トキオは、リスと抱き合ったまま窓から身を投げた。
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