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地下街で唯一灯のともるバー。そこでは、マスターがシチューを煮込んでいた。
新型肺炎ウィルスによる不況で傾きかけた経営だったが、トキオの支援で何とか持ち直しつつある。
以前は酒一本で勝負していたが、ウィルス災禍以後、あらゆる事態に備えられるよう料理の提供にも力を入れるようになった。
マスターがじっくりコトコト煮込んだ手作りシチューは、洋酒とよく合い、人気メニューとなって客足も戻りつつあった。
寸胴鍋にたっぷり入ったシチューが吹きこぼれないよう、火加減を見ながら煮込んでいく。
並行して開店準備もしていたマスターは、ほんの少しだけと目を離して奥の倉庫に行き、吹きこぼれる前に急いで戻った。
「あれ?」
ドアの閉まる瞬間が目に留まった。
「誰か来た?」
店外を見たが、空き店舗の並ぶ通路には誰もいない。
シチュー鍋に戻って中を見る。変わったところは見受けられない。
お玉で掬って味見した。
「ウム、味に変なところはないか」
安心したのも束の間、急激に体調が悪化してその場に倒れた。
運よく直後に出勤してきたスタッフによって、倒れていたマスターは救急搬送された。
食中毒と診断されて、点滴と抗生物質投与の治療が施されたが、意識が戻ることなく亡くなった。
後から、食中毒は誤診でヒ素中毒死と訂正された。
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『死にたい探偵 Other side of the moon』 終わり
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