死にたいボクが探偵になったわけ

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 隣の男がボクらのテーブルを見て凄んできた。 「おい、お前ら、さっきから失礼だろう!」 「え?」  突然、身に覚えのない言い掛かりをつけられて絡まれた。 「なんの話ですか?」 「ずっとこっちを見ていただろう!」 「いや、見ていませんけど」 「いーや、見ていた! 俺の女を!」 「は?」  ボクは夢子という女を見た。  目立つ感じだがボクは全く見ていないし、見ていたとしても、それが何だっていうんだ。  ボクはカゲハルに視線を向けた。  カゲハルは、身に覚えのない顔をして首を横に振った。カゲハルも女を見ていないということだ。  カップルの男は、カゲハルには目もくれないでボクだけに怒鳴ってくる。  まあ、カゲハルは見た目ワイルドで、触れたらヤベー臭がプンプンしている。それに比べてボクは、大人しそうでこいつなら喧嘩も勝てると踏んでばかにしているのだろう。正しいけど。 「見ていないですよ」 「とぼけんな!」  男が立ち上がった。  注目されるほどの美女でもないだろと、よほど言いたかったが、火に油を注ぐことになるのでグッとこらえた。  店員に言われて、騒ぎを知った細川オーナーが奥からすっと飛んできた。 「お客様、どうされました?」 「こいつらがあまりに失礼なことをしたから、注意していたんだよ!」  オーナーは真偽には一切触れず、「お客様、店内で騒がれては困りますので……」と、ボクらを庇った。  それが気に入らなかったのか、ますますヒートアップ。今度はオーナーに掴みかかった。 「なんだあ? 俺の言うことを疑うのか? 俺様を知らないのか! 親父は政治家だぞ! こんな店、すぐに潰せるぞ!」  みっともなくわめくわめく。  やくざじゃなくて、政治家の息子だったことに驚いた。 「お客様、落ち着いてください。わかりました。本日はサービスさせていただきます」  オーナーの必死のとりなしで、男はようやく振り上げたこぶしを下げた。 「まあ、いい。今度変な目でこっちを見たら、一発殴るからな」  毒づいて自席に戻った。  そんなことをすれば、そっちが一発退場だよ。  親父の威光を笠に着て、やりたい放題で生きてきたのだろう。情けない奴だと蔑んでも、社会的な力は向こうが上。もみ消しも手馴れていそうだから、こっちは殴られ損になりそう。  男は、てっちりを食べだした。 「なんだあ。煮詰まっちまったじゃないか」  店員が慌てて出汁を追加した。  ボクらは無言で向かい合った。 「……」 「さっさと食べて出るか……」  気分が悪くなって食欲が失せてしまったが、食べ残してはいけないと黙々と食べた。
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