死にたいボクが探偵になったわけ

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 隣の男が、バタンと大きな音を立てて椅子から転がり落ちた。 「どうしたんだろう?」  男が震えている。 「ちっくん、大丈夫?」  女が心配そうに声を掛けた。  ちっくんって言うのかと名前が気になった。 「お願い、しっかりして……」  女は、ちっくんの体を抱き起こそうとしたが、体重差でどうにもならない。 「誰か、お願いします。起こすのを手伝ってください」  嫌な奴だったが、仕方なくボクとカゲハルで手伝うことにした。 「どうしましたか?」 「私も何が何だか……。急に倒れて……」  さっきまで人一倍元気だった男が急に倒れたものだから、女は戸惑っている。もちろん、ボクらも驚いた。  男は全身が痙攣して立つことも喋ることもできない状態。何かの中毒に見えた。  オロオロしている店員に救急車の手配を頼んだ。 「急病人です。救急車をお願いします」 「わかりました。電話してきます」  オーナーも急病人が出たと聞いて出てきた。 「お客様、どうされましたか?」 「急に倒れちゃって……。まさか、食中毒?」  オーナーは、真っ青な顔で否定した。 「そんなはずがありません! 当店はすべて賞味期限内のものを使っています! 特にフグは調理直前まで生きていたものを使っている!」  今はそれどころじゃないと思うのだが、オーナーは風評被害を心配してか必死だ。  その間も男は痺れている。少しずつ呼吸が弱くなっていった。 「いけない! このままじゃ!」「救急車はまだか!」  周囲の騒ぎをよそに、ボクは冷静に観察した。 「ちょっと見てみます」  男の口に鼻を近づけて臭いを嗅いだ。ビール臭いが他に異常な臭いがないことを確認すると、そのまま唇を合わせて人工呼吸に入った。 「え?」「おお……」  店内の人間が全員唖然としている中、ボクは必死に慣れない人工呼吸を繰り返した。 「フー! フー!」  正直、男の唇にキスをするなんてボクだってやりたくなかった。  善良な人間ならともかく、乱暴者で他人を威嚇することに生きがいを感じているような腐った人間なんかに。  それでも、死にかけた命を助けるべきだと思ったんだ。
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