Episode 3

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 しばらくの間、二人は抱き合ったままの形で時が流れるのを待った。  二人の間に会話という会話は一切なかったが、お互いの身体を巡り合う体温に落ち着きと安らぎを感じていた。  先ほどまで温かく肩に染みた鮎川の涙の跡は、いつしか冷たくなっていた。  鮎川もすっかり安心しきったのか、俺の腕の中ですやすやと寝息を立て眠り始めているようだった。  俺自身も漸く事態を飲み込むことができ、ほう、と大きなため息を漏らした。  途端に、強い睡魔が疲労困憊な俺を襲った。  少しだけなら良いだろう――――  鮎川を近くにあったオットマン付きのソファに寝かせ、俺は寄り添うようにしてソファに背をもたげゆっくりと目を閉じた。  ズボンのポケットの中で私用の携帯電話が何度も震えていたことに気が付いていたが、今はもうそんなことはどうだって良かった。  しかし、一向に着信が鳴りやむ気配はなく、俺は観念して着信が誰からのものであるのかも確認せず、携帯電話の電源ボタンをOFFに切り替え再び目を閉じた。  ここ数か月ほどろくに眠れなかった身体は、俺を穏やかな眠りへと優しく誘う。ふわふわとした感覚が心地よく、気が付けば俺は鮎川の隣で深い眠りについていた――――
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