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やがて、キャストや制作陣の自己紹介やスケジュールなどの確認を終え、順調に会議は進んでいった。しかしそんな中で、実和監督はただ一人ソワソワと手元の腕時計をしきりに気にしているようだった。
「監督?どうしたんですか」
それを見かねたキャストの一員、松川嘉人は、隣に座っている実和監督に声をかけた。
「いや~…もう会議が始まって1時間余りになるけど、あの子まだ来なくって…」
彼女の言葉で俺はハッとした。
そういえば、俺と主演でタッグを組む女性キャストがまだ来ていない。聞いたところによると、そのキャストはかなり多忙なようで、大切な会議などにもなかなか顔を出せないことが稀にあるということだった。
次第に周囲がざわつき始め、打ち合わせどころではなくなってしまった。周りからは不平の声や、心配の声などが飛び交っていた。また連絡も一切ないらしく、俺もかなり心配だった。
このままでは打ち合わせが進まないし、少し休憩を取ろうと実和監督が指示をした。その場にいた全員が同意すると、徐に身体を伸ばしたり、スマートフォンを弄り始めた。
俺もお手洗いにでも行こうかと席を立とうとした。
――まさにその時だった。
バタン、と突然部屋の扉が大きな音を立てて開いた。音に反応して皆が一斉に扉の先に目を向けた。
刹那、俺は息をのんだ。
その目線の先に、はぁはぁと息を切らせ、美しい茶色の瞳に少し涙を潤ませた女性が、胸下まで伸びた艶やかな黒髪を揺らしながら申し訳なさそうに室内に入ってくる様子が窺えた。
「アユちゃん…!!」
監督は慌ててその女性に駆け寄り、彼女の肩を両手でガッチリと掴んだ。
「監督…大幅に遅れてしまい、大変申し訳ありません…!」
アユちゃん、と呼ばれたその女性は実和監督の顔を一目見るなり、今にも泣きだしそうな表情を浮かべた。
「言い訳がましいのですが、打ち合わせの前に入っていたお仕事が長引いてしまって…あと、スマホの電源が切れてしまって連絡もできませんでした…本当にごめんなさい…」
「いいのよ!そんなに謝らなくても。それよりも何かあったんじゃないかって心配だったのよ。あなたが無事で良かったわ、さあ、こっちに来て」
監督に誘導されるがまま、会場の真ん中へと彼女は連れられた。自己紹介を、と実和監督が促すと、彼女はすうっと大きく息を吸い込み、ゆっくりと俺たちの方に目を配った。
「この度は、私のせいで会議の進行を妨げてしまって本当に申し訳ありません。…初めまして、鮎川唯音と申します。どうぞ、よろしくお願いいたします」
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