Episode 1

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「アユちゃん、って呼んであげてね」  実和監督がそう言うと、ぺこりと律儀に鮎川は頭を下げた。  彼女が一通り自己紹介を済ませると、周囲が再びざわつき始めた。何を隠そう、彼女は現在映画界を大きく揺さぶっている新人女優、所謂、「超新星」と言われているキャストだった。俺よりも歳は8つも下で、小柄で若々しく、それでいて彼女から放たれる大人な色気、雰囲気が周りを魅了していた。  ――彼女はかなりの美人だった。 「なあ、宇治」  すると、いつの間にか隣に立っていた同期の松川がみっともないほどに鼻の下を伸ばしながら俺に声をかけてきた。 「アユちゃん…めちゃくちゃ綺麗じゃないか?」 「ああ…そうだな」 「俺、実物初めて見た。めっちゃ可愛い…狙っちゃおうかな」  男なんて、皆考えることが一緒だ。周りを見渡せば、誰もが同じような恍惚とした表情を浮かべていた。  恥ずかしながら俺もその一員になりかけた。けれど、松川のように簡単に落ちてしまうのを俺のプライドがどうしても許さなかった。  ――しかし、そのプライドも長くは保たなかった。  休憩時間が終わり自分の席に戻ると、隣には鮎川が座っていた。俺が戻ってきたことに気付いた彼女は咄嗟に立ち上がり、会釈をした。 「宇治さん、改めましてよろしくお願いします」  彼女は俺の目を真っ直ぐに見つめ、未だに申し訳なさそうに眉を下げ、静かに微笑んだ。俺を見つめるその瞳は、今にも吸い込まれてしまいそうなほど魅力的だった。 「お、おお…よろしくね」  彼女の存在感に圧倒され、思わず声が上擦ってしまう。そんな俺を可笑しく思ったのか、彼女はクスッと笑った。その笑顔がまた、堪らなく可愛らしかった。  この短時間で、様々な表情を見せる彼女に俺はあっという間に引き込まれてしまった。 「実は、一度お会いしてみたかったんです。宇治さんと共演させていただけるなんて…夢のようです」  彼女は小型犬のような丸っこいクリクリとした瞳を輝かせ、小柄な肩を震わせていた。少しだけ、緊張しているのがこちらに伝わってくる。  なるほど、共演者キラーとはこのことか…。  妙に納得がいった。今まで共演してきた女優陣とは全く違う、何か特別なオーラを彼女は身に纏っている、とダイレクトに感じたのだ。 「僭越(せんえつ)かもしれませんが…これから、頑張りましょうね…!宇治さんの足、引っ張らないように私食らいつきますから!」 「いやいや、何言ってるの。俺の方こそ、アユちゃんの良さを引き出せるように努めるよ」  俺たちは両手でガッチリと固い握手を交わした。  こうして、俺たち二人の間に和気藹々とした雰囲気が流れ始めた。  そんな中、ふと視線を感じ、気配がするほうへ目を向けると、そこにはこちらを眺めてニヤニヤと怪しく笑う実和監督の姿があった。
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