Episode 1

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 今後の制作や撮影の流れを一通り把握し、作品の台本の受け取りが全て終わると、予想通り実和監督はこの近くにある居酒屋の予約を取っていた。…しかも貸し切りで。 「皆、お疲れ様。打ち合わせも終わったところで、今からパーッと飲みにでもいきましょ!」  親交を深めるためにも、と俺たちの方を見て何やら意味深に呟き、店の場所を皆に告げると監督は席を外した。彼女の後に続いて、ぞろぞろと皆が打ち合わせ会場を後にしていった。  飲み会が入ったことを妻に連絡せねば、と仕事用のスマートフォンとは別のプライベートで使用しているもう一台の携帯電話――世間一般では「ガラケー」と呼ばれているらしい――を手に取ろうとした時だった。 「宇治さん!」  背後から名前を呼ばれ振り向くと、そこには上目遣いで少し照れくさそうに俺を見つめ鮎川が立っていた。 「あ…アユちゃん。お疲れ様、どうしたの?」 「お疲れ様です。…あの、ちょっとだけお時間いただいてもいいですか…?」  何だろうと思いながらも、いいよ、と俺が承諾すると、鮎川はキョロキョロと周りを見渡し、人影のない会場の死角となっている壁側の方へ俺を導いた。 「アユちゃん…?こんなところで何を…」 「あの…これ」  俺の言葉はあっさりと遮られ、鮎川は俺の胸前に可愛らしいラッピングが施された小箱を差し出した。 「ドラマ、オールアップおめでとうございます。私ずっと見てたんです。面白くて、素敵な作品だなぁって…本当にささやかなものですけど、良かったら受け取ってください」  俺は耳を疑った。寝る間も惜しまれるほど、女優業に専念している彼女が俺の主演ドラマを見てくれていたなんて。  …信じられなかった。 「ありがとう…とても嬉しい」  彼女からそっと贈り物を受け取ろうと小包に手を伸ばすと、指先が彼女の手に少し触れた。彼女の手は雪のように白く、そして冷たかった。  刹那、彼女の手がパッと離れた。一瞬の出来事だったのだが、その光景がまるでスローモーションのように俺の目には映っていた。  ――そして、気が付けば俺は離れていく彼女の手をギュッと強く引き戻していた。
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