Episode 1

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「えっ…宇治さん…?」 「ん?…へっ!?」  俺は無意識な自分の行動に驚きを隠せず、それが間抜けな声となり筒抜けになった。咄嗟に鮎川の手をパッと離したが、彼女もまた同様に驚いた様子で固まってしまっていた。 「ご、ごめん!…どうしちゃったんだろう、俺…はは…」  誘い笑いをして何とか誤魔化してみたが、どうしようもなく情けなかった。鮎川もまだ少し動揺し、震えた手でサイドの髪をサッと耳に引っ掛けた。  それから暫くの沈黙があった。  気まずい。なんとかこの空気を変えねば…と思い、何か話そうと口を開こうとした。 「宇治さん」  だが、先に沈黙を破ったのは鮎川の方だった。  俺は頭の中でぐるぐると思考を巡らせていた。窮地に陥ってしまった時、俺にはかなり深く物事を考えこみすぎる癖があるのだ。  どうしよう、俺に変なことをされたから、主演を辞退するだなんて言い出されたら…いや、俺が追放されてもおかしくはないよな…?参った。俺はどうすればいいんだ…  と、あれこれと考えていたが、俺の予想は全て外れだった。 「この後の飲み会…行かれます?」 「え…?」  鮎川の口から飛び出た言葉がかなり想定外だったあまり、力が完全に抜け切って、吐息に近い、蚊の鳴くようなか細い声が俺の口からすり抜けていった。 「私、今日が初対面の方ばかりで凄く不安だったんです。しかも大遅刻しちゃったじゃないですか…それでも、宇治さんが優しくリードしてくださったからこの場に居られたんだなあ…って」  そう言うと、今度は鮎川の方から俺の手をキュッと力強く握ってきた。その瞬間、俺たち以外誰もいなくなり静まり返った会場に響き渡ってしまうんじゃないかと思うほど、大きな音を立てて俺の心臓が脈を打ち始めるのがわかった。 「宇治さんが行くなら、私も行きます」 「アユちゃん…」  鮎川のその一言を聞いた俺は、妻に連絡するのも忘れて、俺の手をしっかりと握りしめる鮎川の手をそのまま引き、会場を後にした。
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