Episode 2

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―― 2018年 7月5日(木)――  帰国して二週間余りが過ぎた。虚無感を振り払えないまま日本に帰り、過ごしたこの二週間はあまりにも時が進むのが遅すぎた。  実は、日本に戻ってから鮎川とは一切の連絡がつかなくなった。何度もメールを送ったり、時に妻の目を盗んで電話も幾度かかけてみたものの、反応がない。  ――会いたい。  ただ、安心したかった。彼女の姿を一目見るだけでも、その存在を確かめるだけでも十分すぎるほど今の俺は精神的に追いやられていた。  声が聞きたい。とにかく会いたい…    でもそれ以上に心配の念の方が大きく膨らんでいた。彼女は俺よりも連絡はマメだし、返事もよっぽど忙しい時でなければ、ほんの数時間ほどで返ってくるほどだった。    彼女の身に何かあったのだろうか…最後に見た彼女の、見苦しいほど無理をして作った笑顔が頭をよぎった。  備忘録を手に取ろうとしたが、やめた。あれにすがると虚しくなり、余計に会いたさが増してしまうだけだろう。  書斎で一人何の気なしに机の中を弄っていると、顔合わせの際に鮎川からもらったプレゼントの小包がひょっこりと引き出しの隅から姿を現した。そういえば、プレゼントをいただいた後開けるのが勿体ないだとか言ってそのままにしていたのだ。  何をくれたのだろうかとワクワクしながらリボンを丁寧に解き、そっと箱を開けると、中には可愛らしい額縁に入った白薔薇の押し花の飾り物が入っていた。裏側を見ると、「おめでとうございます。良かったらおうちに飾ってください。」と鮎川の手書きの文字でメッセージが綴られていた。  鮎川の丸みを帯びた優しい文字を一目見た俺は、小さな押し花をそっと胸に抱き、泣いていた。何に対しての涙なのか、自分でも分からない。しかし、俺の意思とは関係なく、流れ出る幾筋もの涙が次々と頬を温かく濡らしていく。 「イツ…?どうしたの!?」  すると、いつの間にいたのか、後ろから鳴海が泣いている俺に驚き駆け寄ってきた。俺は咄嗟に振り向き、手に持っていた押し花の額を慌てて机の上に置いた。 「う、ううん…何でもないんだ。気にしないで」 「嘘!だって、帰って来てからずっと様子がおかしいんだもの。…ねえ、何に悩んでいるの?」 「悩みなんてないよ」 「そんなに私に話せないようなことなの…?」 「…ちょっと疲れているだけだって」 「でも…」  俺はなるべく鬱な気持ちを隠す努力をしているつもりだったが、鳴海にはお見通しだったようだ。  本当に大丈夫だから一人にしてくれ、と鳴海を書斎から追い出そうとした時だった。 「…押し花?イツ、そんな趣味あったっけ…?」  俺の後ろに隠していたはずの押し花の額が、気づけばあっさりと鳴海の手の中に移っていた。 「えっ…あ、ああ。ちょっとね」 「もらったんでしょ。薔薇ね…もしかして実和さん?…じゃなさそうだけど」  言葉を濁してみるも、鳴海には何ら効果がないようだ。後に引くどころか、むしろ探りを入れようという姿勢に入っていた。 「うん、もらった…もういいだろ、今は一人になりたいんだ」 「…わかりました、また晩御飯できたら呼ぶね」  少しきつめの口調で言うと、意外にすんなりと折れ、彼女は部屋を出ていった。  安堵が俺の鼓動を鎮めた。  …しかし、鳴海の勘は鋭い。油断は許されない…
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