Episode 2

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 夕飯の支度ができたと鳴海に声を掛けられ、書斎を後にした俺は階下にあるリビングへと向かった。  食卓につき、いただきますと静かに手を合わせ二人で黙々と食事を始めた。普段から食事の間はほとんど会話のない俺たち夫婦だったが、この日ばかりはいつも通りであるはずのこの静寂が、なんだか気まずかった。  そんな雰囲気の中、(しばら)く夕食を食べ進めていると、リビングから少し奥に見える和室の方から、何やらガサゴソと物音が聞こえてきたような気がした。 「なあ鳴海、向こうから何か聞こえないか」  はっきりと耳に届いたその物音が空耳であるとは到底思えず、不気味に思った俺は食事の手を止め、鳴海の方を見やった。 「何も聞こえないけど…?イツ、流石に疲れてるんじゃないの」  しかし鳴海にはその物音が聞こえていないようで、俺の方に顔を向けることもなく、単純作業をこなすように延々と箸を口元に運んでいる。 「そうかな…確かに向こうの方から聞こえたんだけど」 「そうだよ、きっと。…今日は早く休んだ方がいいよ」  鳴海はそう言うと、俺を見つめにっこりと意味深に微笑んだ。    鳴海の言葉を最後に、再び無言の時間が訪れた。  先程鳴海に疲れているとは伝えたが、実際は心労が俺を(むしば)んでいるだけだ。幻聴が聞こえたり耳鳴りがするほどのものではない。  おかしいな…不審者にでも侵入されていたらどうするんだよ…  心の片隅でそう思いながらも、一旦気のせいだと思うことに落ち着いた俺は、止めていた箸を再び進めようとサラダボウルに入ったシーザーサラダに手を伸ばそうとした。  その時だった。  ――クーン…クーン…  先程の物音がした方から、今度は明らかに犬の鳴き声が聞こえてきた。  ――ぼんじり!!  すぐに事態を把握した俺は、箸を勢いよくテーブルに投げ出し、素早く和室の方へと走った。  和室に入り、客用の布団などを収納している押し入れを思い切り開くと、中には俺の愛犬であるシーズー犬のぼんじりが怯えた様子で震えていた。 「ぼんじり…!どうしてこんなところに…怖かっただろ、ごめんな気が付かなくて」  本当に怖かったのだろう。俺の姿を確認すると、ぼんじりは(すが)るように俺の膝に乗ってきた。いつも元気に振っている尻尾(しっぽ)が、今日は可哀想なぐらいに垂れ下がっていた。  ぼんじりをゆっくりと抱き上げ、和室にある犬用のベッドにそっと寝かせて背中を優しく撫でてやった。 「もう大丈夫だからな」  そうしているうちに落ち着いてしまったのか、ぼんじりはスースーと寝息を立てて眠り始めた。  和室とリビングを繋ぐ扉を閉め、食卓に戻ると、鳴海は平然と自分が食べた後の片づけを始めていた。
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