Episode 3

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 そうこうしているうちに、撮影が始まった。  忘れてはいけない。鮎川とは恋人同士の役だ。物語の設定上、勿論二人の接点は多い。監督が一度(ひとたび)カチンコを鳴らすと、二人だけの世界に入り込まなければならない。  流石、超新星。鮎川の演技は本当に素晴らしかった。劇中の鮎川は俺の恋人そのものだった。先程まで見せていた暗い顔とは打って変わって、カメラや照明が全て向けられた彼女の表情は次第に明るくなっていく。  ――ずっと見たかった、彼女の笑顔だ。  しかし俺にはそれがどうしようもなく、切なかった。 「はいはい!カットカットカット!!」  戸惑ってしまい本領を発揮できずにいると、それを案じたのか監督はすぐにテイクを打ち切った。  鮎川に数分休憩を取るよう指示すると、監督は俺の方へ真っ直ぐズカズカと大股で向かってきた。 「(いつき)」  監督に静かな声で呼ばれ、スタジオの隅へと連れられる。傍に誰もいないことを確認すると、監督は半ば呆れたように一つため息を吐いた。 「あのさ~前言ったよね?私。撮影中に公私混同するようなことは辞めてって」 「すみません…」  そんなことは重々承知だ。けれど、いざ鮎川を前にすると、もう自分の感情を制御することができなくなってしまっていた。  こんなことで撮影を中断させてしまうことなんて今までで初めてだし、自分でも本当に惨めだった。 「…二人の間に何があったのかは知らないけれど。樹が相当参ってるのは分かるわよ。でもそれ以前にあなたはプロの俳優…そうでしょ?」 「はい、その通りです。…でも」 「アンタらしくないよ、しっかりしな!皆期待してるんだからね。もっと誇り と自信を持ちなさい」  すっかり弱腰になってしまった俺の背中を、監督が強く押してくれた。 「そうですね…頑張ってみますか」 「みますか、じゃなくて、そこは"頑張ります!"でしょ」 「はい…頑張ります…」 「よし、そしたら撮影再開するよ?いいね?」 「わかりました、本当にすみません」 「はいよ、じゃあ行こう樹!」  監督に腕を強く引かれ、現場に戻ると撮影陣やキャストが一体何があったのか、どうしたのかとざわついていた。  どうにかして誤魔化さねば…  俺の気持ちが悟られないような言い訳をあれこれと考えていると、「久しぶりの現場で動揺してセリフ飛んじゃったみたい!馬鹿よね~」とすかさず監督がフォローを入れてくれた。  おかげでなんとかその場は和み、やり過ごすことができた。
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