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「樹、クランクアップおめでとう!」
「うわ、実和監督…!ありがとうございます」
長期に渡って収録していた連続ドラマの撮影が全て終了したこの日。実和監督が自分の手がけた作品でも何でもないのに、わざわざ撮影直後のスタジオに顔を覗かせた。失礼かもしれないけれど、この時点でまあ何となく嫌な予感はしていた。
「うわ、って何よ。嫌そうにさ~」
「そんなことないっすよ」
「嘘つけ。顔が引きつってるじゃないのよ。パパから樹の主演ドラマが今日オールアップするって話を聞いて、仕事早々に終わらせてプレゼントまで持って駆けつけてやったのに。」
口を尖らせそう言うと、はい、と実和監督は黒薔薇の花束を俺の胸前に突き出した。なんとも実和監督らしい、映画作品の演出に薔薇などの花びらをふんだんに使用する彼女に見合った贈り物だった。
薔薇なんてそんな華々しいもん、俺には似合わないって散々言ってるのに。
「また薔薇ですか…」
「もう、いっつも文句ばっかり言って!お祝いの気持ちのこもったプレゼントなんだから、せめてありがとうぐらいは言ったらどうなの」
「忘れてた忘れてた、いつも本当にありがとうございます」
含み笑いを浮かべながらお礼を言うと、実和監督はまったく、と少し呆れた表情を浮かべ目線をふいっと逸らせた。
こんな実和監督との付き合いは本当に長く、彼女は俺よりも10も年が上であるにもかかわらず、実の姉のように慕わせてもらっている。
「でも、それだけのためにここへ来たわけじゃないでしょ」
俺がそう言うと、実和監督は少し驚いたかのように一瞬目を丸くした。…のも束の間、案の定彼女はニヤニヤと不気味な笑みを零した。
「えへ、バレたか」
実和監督は得意げにペロッと舌を出すと、今度は一枚のリーフレットを差し出してきた。そこには、でかでかと『晩餐』というタイトルと彼女の名前が載っているのが一目見てわかった。
「新作、できちゃったんだわ」
うふふ、と両手を口元に添え嬉しそうに彼女は笑った。
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