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それからの日々は、それはもう地獄のようだった。
鮎川と松川の距離感やスキンシップは日増しに近くなり、増えてきている。そのため、一歩撮影現場に入れば、嫌でも二人が引っ付いているところを目の当たりにしなければならないし、鮎川は相も変わらず俺との必要以上の接触を避けている。
俺はさっさと割り切ろうと毎日必死になっていたが、やはりそう簡単にはいかない。いざ彼女を目の前にすると、ぎゅうっと強く胸が締め付けられ、思うように動けなくなってしまうのだ。
それでも、仕事は仕事。心の奥底ではその事実を拒みながらも少しずつ現実を受け入れていくことで、なんとか演技はしっかりとこなせるようになってきた。演技の中の彼女の笑顔があまりにも眩しすぎて、この笑顔こそが本物なのではないか…と錯覚してしまうこともあるが、きっとそれも彼女の実力のうち。作られたものであるに違いない――
勿論これだけでは済まない。
更に家に帰ると、追い打ちをかけるかのように鳴海からの愛情攻撃が始まる。もとより、俺への愛がとても深かった鳴海だが、ぼんじりの件があってからはより一層その愛は重く深くなっているようで、完全に俺に依存しきっていた。
家に帰り、玄関で靴を脱いでからベッドに入るまで、一瞬の隙もなくずっと鳴海は俺に引っ付いてくる。その上、夜になると鳴海は毎日俺を求めてくるようになった。疲れているから、とそれとなく断っても鳴海は容赦なく俺の首筋にかぷりと噛みついてくる。ひどい時は一回じゃ飽き足らず、一日のうちに何度も何度も求めてくることもある。
嗚呼、今の俺はきっと死んだ魚のような空虚な目をしているのだろう。
鳴海を抱きながら、いつも俺は鮎川の事を茫然と考えている。考えている…というより、考えてしまうと言う方が正解だろう。
毎日がこの繰り返しだった。
すっかりルーティンと化した、この生き地獄な一日。そんな一日が今日もまた静かに終わりへと向かっていく。
ベッドの中、生まれたままの姿で俺たちは一日の終わりを迎えようとしていた。俺の腕を枕に、すっかり果てた鳴海が口元に幸せそうな笑みを浮かべて、気持ちよさそうにスヤスヤと寝息を立てているのを俺は空虚な目で見つめていた。
果たして俺はこの先、鳴海を心から愛してやることができるのだろうか。
鮎川のことは綺麗さっぱり過去の事として割り切り、水に流すことができるのだろうか。
俺は、この苦患に満ちた毎日を生き抜けるだろうか――――
漠然とした不安が押し寄せてくる。今にも俺をすっぽりと呑み込んでしまいそうなほど深く暗い夜の闇が、より一層俺の不穏な気持ちを揺さぶった。
何とか今日も終わった。俺も眠ってしまおうと目を瞑る。しかし、目を閉じ視界が真っ暗になると、更に強い不安感が俺を襲った。どうやら今夜も眠れそうにない。
水でも飲んで心を落ち着かせようと、鳴海を起こさないようそっと起き上がり、ベッドから離れようとした時だった。もう深夜になろうとしている時間であるにもかかわらず、俺の仕事用のスマートフォンが引っ切り無しにメールの通知を受け、画面の光が夜の暗闇をぱっと明るく照らした。
すぐに通知を確認すると、20件にも及ぶメールが届いていた。送信者は全て監督からのもので、内容はどれも電話に出ろという主旨のものばかりだった。そのメールを受け、スマートフォンを操作し着信履歴を見てみると、監督からの不在着信が30件ほど溜まっていた。
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