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これはまずい。
映画の撮影を進めるにあたって何かトラブルでも起こったのかと考えた俺は、すぐさま監督に連絡を折り返した。電話をかけると、待ってましたと言わんばかりにワンコールで監督が電話に出た。
「実和監督!夜分遅くにすみません、宇治です。電話全く気付かなくて申し訳ありませんでした」
「樹!!良かった、やっと気付いたのね。いいのいいの、こちらこそ何回もごめんね~寝てたんでしょ?」
「いえ、大丈夫です…そんなことより、どうしたんですか。『晩餐』の制作のことで何かあったんですか?」
良からぬことをあれこれと心配してたじろいでいる俺とは裏腹に、電話の向こうからは監督の明るい声が響いてくる。
「いやぁ…うん、まあそうなんだけどさ~!!」
「え…何かトラブルでも…?」
「ううん、そんなんじゃないって!ま~とりあえず聞いてよ」
「はあ…」
深夜とは思えないほど、テンションの高い監督についていくのに精一杯だった。俺は手に持っていたミネラルウォーターの入ったペットボトルを口の中へ傾けると、一気に飲み干した。
「で…結局何があったんですか。こんな夜更けに電話するぐらいのことなんでしょ」
「そうなの。ちょっと都合の良いことを小耳に挟んじゃってね!」
「…それじゃあ、良いニュースって捉えてもいいんですね?」
「そう。でも、どっちかっていうと私にとって、というよりアンタにとって…って感じだけど」
「俺にとって…?一体何なんですか、勿体ぶらずに早く教えてくださいよ!」
いつまでたっても用件を話そうとしない監督に焦れったさを覚えた。そんな俺を、監督はまあまあ落ち着きなさい、と宥めた。
俺は久しぶりに期待で胸を膨らませていた。枯れかけた花が新鮮な水をたっぷり吸いこみ、徐々に息吹を取り戻すように、死にかけた俺の心が少しずつ再生されていくのがわかった。
暫し続いた沈黙の後、監督が静かに口を開いた。
「樹に伝えたいことは二つあるの。この二つは、どっちもアンタにとっては本当に好都合なことよ」
「な…なんでしょうか」
「単刀直入に言うと、鮎川のことよ――」
「え…?」
鮎川――
監督の言葉に、俺の鼓動は次第に早まり高鳴って、すっかり眠気など覚めてしまった。
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