Episode 3

11/35

97人が本棚に入れています
本棚に追加
/60ページ
「チャンス…?」  何のことやらさっぱり分からず、俺は首を傾げた。  監督は更に続けた。 「そう。…台本最後まで読んでると思うし、気づいているとは思うんだけど。実は明日の撮影は、樹とアユちゃん、二人だけのカット撮影になるの」 「そういえば…そうでしたね。でも、それのどこがチャンスなんですか」  俺がそう言うと、監督は嘘でしょ、と呆れて失笑した。 「もう、本当に疎いんだから…二人“だけ”のカットなのよ?つまり、明日の現場入りが決まってるのはアンタ達二人だけ、ってこと!」 「えっ…それじゃあ松川は…」 「来ない。それどころか他のキャストも皆、私が休みを与えてあるわ」  鮎川と二人きりになれる…まさに絶好の機会だ。  それでも、今の彼女は俺に口を聞いてくれるのだろうか―― 「だから、このチャンスを生かすも殺すも樹次第。大丈夫よ、心配しなくてもアユちゃんならきっと、樹には色々話してくれるわよ」 「で…でも俺…」 「何弱腰になってんの!アユちゃんだって、きっと待ってるはずよ。話聞いた時、樹とまともに話せなくなって寂しいって言ってたの。この耳で確かに聞いたんだからね!!」 「嘘…」  俺は監督の言葉に感涙を流した。ここ数か月、傷心しまくった俺の心はいつの間にか(もろ)くなっていたようだ。涙が溢れて止まらない。 「俺、このチャンス活かします。…活かしてやります」 「おっ、やる気になったか!…久しぶりに樹の明るい声が聴けて良かったわ。なんだかんだでずっと心配だったからね。それじゃあ、また明日ね。ゆっくりお休み」 「はい!ご連絡ありがとうございました。明日も頑張ります…おやすみなさい」  先方の電話が切れるのを確認し、俺は傍にあったクッションを拾い上げ、きつく抱き締めた。  早く明日になってほしい。そんなことを思うのはいつぶりだろうか。  この機会をみすみす逃して、また同じ生活を繰り返していくなんてもう御免だ。  俺はクッションを持ったままベッドに戻り、俺の方を向き横たわる鳴海に背を向けゆっくりと目を閉じた。
/60ページ

最初のコメントを投稿しよう!

97人が本棚に入れています
本棚に追加