Episode 1

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「樹、明日って空いてるよね?」  まるで「俺は暇です」とマジックで自分の顔にでも書いてあるのかと錯覚してしまうほど、当然の如く実和監督は俺にサラッと問う。 「ええ、明日はフリーですけど…」  少し戸惑いつつも、ああ、飲みにでも行くのか。なんて考えていると、彼女は嬉々とした様子でスマホ画面を俺に見せた。どうやら、スケジュール管理アプリのようだ。 「明日なんだけど…あ、明後日のところは見ないで…」  言われるよりも先に、目線がそちらに動いた。 「ほうほう、デート♡ねぇ~…」 「ちょっと、見ないでってば!」 「いいっすね、いつまでもお仲がよろしいようで」 「やだな~もう…!」  熟れたての林檎のように、顔を耳まで真っ赤に染めた実和監督が可愛らしくて笑った。  監督は、ご結婚されてもうすぐ13年になろうとしていた。きっと明後日で、その節目を迎えるのだろう。監督のスケジュールの「デート♡」と書かれたその下にちらっと「記念日」の表記が見えた。いつまでも恋心を忘れない、素敵な方だ。  一通り弄り倒したところで、本題に話を戻した。 「で、明日は何かあるんですか」  俺が聞くと、よくぞ聞いてくれた!と言わんばかりに実和監督は鼻を膨らませ、俺の肩をバシバシと強く叩いた。 「かなり早速なんだけど、明日の正午に今日オファーさせてもらった映画『晩餐(セナ)』の顔合わせがあるのよ」 「え?いきなり過ぎません…?キャストとかってもう決まってるんですか」 「そう、アンタにとっちゃいきなりだね。でも主演のアンタ以外の枠はとっくに埋まってるのよ」 「はあ…でもアポぐらい前もって取ってもらえませんかね…」  そう言うと実和監督は、樹ならクランクアップの翌日は何も予定入れないの知ってるから、と得意げに胸を張った。さすが、長い付き合いなだけあって鋭い。 「じゃあ、そういうわけで。顔合わせ場所は追って連絡するわ!じゃね」 「わかりました、お気をつけて」  実和監督はひらひらと手を振り、俺に背を向けた。  スタジオの前まで見送ろうと、俺は彼女の後に続いて足を進めようとした。 「あ!」  すると、何かを思い出したかのようにぴたりと足を止め、実和監督が再び俺の方へ振り返った。 「どうしたんですか?忘れ物でも?」  俺が聞くと、彼女はふるふると首を横に振った。 「あのね、樹。今回のオファーはマジで案件だよ」 「え?」  意味深に笑う彼女が少し不気味に思えて、思わず肩を竦めた。 「だから、アタリなんだって!私に感謝しなよ~イッちゃん」  さっきも一度呼ばれたが、彼女が何かを企んでいる時は決まって俺のことを「イッちゃん」と呼ぶ。  今回も変なこと考えてるんじゃないだろうな…  そう思いながらも、それ以上は何も言葉を返せず、明日ね~と軽快にスタジオを後にする彼女をただ茫然と見送ることしかできなかった。 ♢
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