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体が硬直し、全身から冷や汗が流れ出して止まらない。
俺は目だけで視線を動かし、二人が入って行った――おそらく居間に繋がっている――ドアの方へ目を向けた。先ほどまで固く閉ざされていた扉だったが、今ではここから覗き見ろと言っているかのように隙間程度に開いていた。
扉のそばへ近づこうと、這いずるような形でゆっくりと扉に向かって前進した。どうか全員無事であってくれ。そう祈ることしかできない自分が無様でならない。
どうにかして扉の正面までたどり着き、隙間から中を覗こうと扉に手をかけた時だった。突然、目の前の扉がバァンと大きな音を立て、こちらに向かって開いた。
扉の真正面にいた俺は扉に押し飛ばされ、壁に背中を強打してしまい、再び動けなくなってしまう。なんとか立ち上がろうと膝を立てると、何者かによって肩を支えられ、俺の身体はゆっくりと起こされた。
「宇治さん!!大丈夫ですか!?」
起き上がらせてくれたのは、樋口だった。とても申し訳なさそうに眉を垂れ下げ、俺の脇に頭を入れると、よっ、と俺を軽々と立ち上がらせた。
「まさか扉の前にいるとは思わなくて思い切りドア開けちゃって…すみません」
「いや…いや、大丈夫です。そんなことより二人は…二人は大丈夫なんですか」
そうだ。今は俺のことなんてどうでもいい。今は一刻も早く鮎川と松川の状況を知りたい。
俺は樋口に全体重を預け、ほとんどもたれかかるような状態で問いかけると、樋口何も言わず、ただうんうんと頷き優しく微笑んだ。
それから程なくして、野田に羽交締めにされるような形で松川が部屋から出てきた。じたばたと暴れる松川の両腕にはしっかりと手錠がされてあった。
「宇治くん、我々はこれからコイツを連れて署に戻るよ。鮎川さんなら無傷だ。落ち着かせて、ソファで休ませている。君は彼女のそばに行ってやってくれ。…かなり怯え切って憔悴してしまっていたからね」
そう言うと野田は松川を引き連れ、玄関の方へと向かって行った。それに続いて樋口も俺の介抱を済ませると、敬礼をしてそそくさとその後をついて行こうとした。
その時だった。
「待て」
暴れていた松川が突如ピタリと動きを止め、こちらを振り返った。
「なんだ、言い残したことでもあるのか?それなら署で詳しく…」
野田がそこまで言いかけると、松川は自らの足で野田の足を踏みつけ一瞬の隙をついて羽交締めにされた腕を解いた。
何をしやがるんだ、と憤りに震え再び松川に飛びかかろうとする野田に向かって、松川は錠で繋がれた両手を開いて真っ直ぐに伸ばし、制御した。
そしてそのまま松川は俺の目を真っ直ぐに見据えた。
もう、その目に狂いの色は微塵も残っていなかった。
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