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一体どれほどの時間が経過しただろうか。
俺は、正気を取り戻した様子の松川に無言で見つめられたまま動けないでいた。
「な…なんだよ、黙りこくって。…何か俺に言いたいことがあるんじゃないのか」
その沈黙に耐えかねた俺は、情けなくも震える声を絞り出した。
すると松川はそんな俺を嘲るように ふ、と鼻先で笑い、息を吸うように口を開いた。
「なあ樹。俺さ、誰よりも本気だったよ。芝居も、唯音のことも」
―――知っている。
松川のことを俺は子役時代からほとんどずっと隣で見てきていた。だからそんなことは言うまでもないし、聞くまでもないほど容易く理解できることだった。
それに、鮎川のことだって――
収録の休憩時間になる度に、ほとんどいつも楽しそうに鮎川とのエピソードを語る松川の話を、妬ましくも耳にタコができるほど俺は聞いていた。
俺は一度だけしっかりと頷き、何も言わず只、松川の話に耳を傾けた。
「なのに、なんでだろうな。…はは、うまくいかねえ」
「松川、お前…泣いてるのか――?」
松川は俯いたまま、ずず、と静かに鼻を啜り上げ、ガシガシとぶっきらぼうにYシャツの裾で目元を拭った。
「どれだけ一生懸命やっても、どれだけ体張っても、何もかも勝てないんだよ…お前には…」
「馬鹿だな、何言ってるんだよ。芝居に勝ち負けなんてないって」
「芝居だけじゃない…全部だよ。お前のこと見てると、自分が惨めになるんだ」
そこまで言うと、松川はこれまで抱えてきた喜怒哀楽、その全ての感情を露わにする如く、わあわあと声をあげ、膝をかくんと折り泣き始めた。
「松川…」
すっかり弱ってしまった松川の背中を支えようと手を伸ばすも、その手は松川によって強く弾き返された。
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