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抱きしめた鮎川の身体は骨々しくすっかり弱っていた。
更に恐怖心から来る震えが未だに止まないようで、その振動が俺まで伝わってくる。
「どうして…どうして宇治さんがここに…?」
鮎川は俺を一度身体から引き離すと、信じられないといった様子で瞳をうるうると震わせた。
俺は鮎川の顔から身体までを流れるように見まわし、怪我一つないことに安堵のため息をもらした。そしてたまらずもう一度強く鮎川を抱きしめた。
「言ったでしょ、俺がなんとかするって」
少し恰好を付けたが、実際俺は松川の車を追っただけで何もできていないことに若干の情けなさを覚えた。…しかも助けるどころかどちらかというとやられっぱなしだった。
もう安心して大丈夫だよ、と一言付け加えると鮎川は俺の右肩に額を押し当てわんわん声を上げて泣き始めた。
どれほど怖かっただろう。どれほど不安だっただろう。
彼女の心を徐々に蝕んでいった恐怖は本当に計り知れないものだった。
背中に回る鮎川の手が、俺をぎゅうっと強く抱きしめ返し、薄い皮膚に鮎川の爪が食い込むのをじりじりと感じる。
それでも痛みなど微塵も感じなかった。彼女がこれまで受けてきた暴力なんかとは比べ物にならないほど、可愛いものだった。
今まできっと、誰にも言わずにずっと一人で抱え込んで我慢して耐えてきたんだろうな。
俺は何も言わず鮎川を抱きしめ、ただ鮎川の涙で肩が温かく湿るのを肌で感じていた。
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