Episode 1

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♢  そして迎えた翌日、俺はかなり早くに目が覚めた。昨日まで収録していたドラマのドタバタが落ち着いて、久しぶりにゆっくり寝られたのが功を奏し、これまた久しぶりにアラームを5分単位で刻んでかけなくても、自然に起きられた。  ところで、備忘録にはどうして恋心を抱いて「しまった」、とわざわざ鍵括弧で結んだのか。その理由は今にわかるだろう―――― 「イツ、もう起きたの?珍しい。おはよう」 「ああ、おはよう。鳴海(なるみ)」  そう、俺には現在籍を入れてかれこれ3年にもなる妻がいる。所謂、既婚者だ。  だけど、この結婚は決して俺の完全な同意の元で決まったものではなかった。三十路にもなって、いつまでも長続きする恋人を作らず、結婚の色も見せない俺を見かねた両親が勝手に言い名付け、俺は1つ年上の鳴海と結婚した。  彼女とは、両親から紹介されるまでは何の接点も関わりもなく、それは本当に唐突な出来事だった。  初めて両家で揃って顔を合わせた時のことを、今でも鮮明に覚えている。鳴海は俺の顔を見るなり、いきなり泣き出したのだ。どうやら長い間俺のファンだったらしく、ファンクラブにも入っている程だと会員証まで見せつけられた。  また、鳴海のご両親の齋藤家は本当に腰が低く、どうか娘をよろしくお願いいたします、とまるで神を崇めるかのように俺に何度も深々と頭を下げた。それが、ほぼ土下座に近いような体勢だったこともはっきりと覚えている。  あまりにも突然すぎる出来事だったから勿論戸惑ったけれど、どうせ相手もいないし、ここまでされたらもう後にも先にも結婚するしかないと思ったのだ。  そうして結婚したわけだが、夫婦愛なんてものは皆無に等しかった。ただ妻に溺愛され、家事など身の回りの世話をある程度してもらい、時に理性のままに身体を重ねるだけの結婚生活だった。
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