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「ごめんなさい。そんなに早く起きてくると思わなかったから、ご飯まだできてないんだ。ちょっと待ってて…」
「ううん、いらない。今日急ぐから」
本当はそこまで急ぎではないけれど、何となく朝食をとる気にはなれず、俺は下ろしたてのスーツに着替えながらサラッと断った。
「でもイツ、朝ご飯は欠かせないっていつも…」
「いいって!」
日頃から欠かさず朝食をとる俺を心配して声をかけてくれた鳴海の気遣いに応えてやれるどころか、反発をしてしまった。怒鳴り声に似た俺の声に鳴海は一瞬ハッとした表情を浮かべたが、やがて少し悲しそうに微笑んだ。
「ごめん…きつく言い過ぎた」
「ううん、私の方こそしつこくしてごめんなさい」
こういう時、必ず鳴海は俺に謝る。その度に自分が惨めになるのは、きっと彼女の器の大きさに少なからず劣等感を抱いているからだろう。本当に優しい心を持った鳴海を思うと、少し胸が張り裂けそうな気持ちになることがある。
「晩には帰ってくるの?今日は打ち合わせだけよね?」
「それはまだわからない。実和監督との仕事は随分とご無沙汰だから飲み会が入るかもしれないし、また連絡するよ」
「わかった、連絡待ってるね」
「うん、それじゃあ行ってくる」
リビングのテーブルセットの椅子に引っ掛けてあった革鞄を手に取り、俺は玄関へと向かった。
「イツ、待って」
すると突然、鳴海は俺に駆け寄り、スーツの腕元の裾をキュッと引いた。
「どうした?」
鳴海が俺に甘えてくることは珍しくないが、あまりにも裾を引く力が強かったため、何か不安に思うことがあるのだろうと少し気になり、足を止めた。
「本当は、寂しいんだ。イツ、今日から本当なら1週間お休み取れるはずだったんでしょ?やっと一緒にゆっくり過ごせるんだ~って、楽しみにしてたの」
「鳴海…」
「ごめんなさい、ワガママ言っちゃって。…なんだか、小さい頃を思い出してしまって」
鳴海のお父様は優秀なFBIの捜査官で、彼女が幼い頃から家を空けることはしょっちゅうだったらしい。仕事が忙しく、なかなか鳴海と遊ぶ時間も取れなかったということはよく知っている。
だから、鳴海には恋心を抱かなくとも俺が傍にいてやらねばと思うようになったのだ。
「ごめんな、次こそはちゃんと休み取るから。2週間」
「本当!?無理してない…?」
「うん、約束しよう」
俺がそう言うと、鳴海の目には忽ち大粒の涙が溜まっていった。こんな顔をされると、流石の俺も弱る。
「嬉しい…!ありがとう、イツ。大好き」
裾を握る手がパッと離れたかと思うと、鳴海は力強く俺に抱き着いた。きっとストレスが溜まりに溜まっていたのだろう。俺を抱き締める鳴海の身体は、以前に比べてやけに骨々しく、今にも潰れてしまいそうなほど、柔かった。
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