第一章 赤い瞳

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「おい、人の顔を見て笑ってんじゃねぇよ。気持ち悪い」  事務所内でパソコンと(にら)めっこしていた男は、急に顔を上げたかと思うと、向かいに座る俺の顔を見て、とても不機嫌そうな声を響かせた。  俺に罵声を()びせたその男は、形の良い顔をしているのにもかかわらず、いつも怒ったような表情を浮かべている。きつく結ばれた小さな口と、奥二重(おくぶたえ)の目が、そう思わせるのかもしれない。瞳は茶色で、髪も少し茶髪のような色だか、本人いわくこれは地毛らしい。 「……ごめんごめん。初めてここに来た時のこと、思い出して」  俺は、彼が仏頂面(ぶっちょうづら)をしてこちらを見ているのが、なんだかおかしくて、笑いながら口を開いた。  笑う俺を見ながら、さらに眉を(ひそ)める男の名は、成瀬 南。彼とは、学校も一緒だったため、とても長い付き合いだ。GFの中で唯一(ゆいいつ)の同期であり、俺の親友でもある。 「あー。おまえら、あの時、ガチガチだったもんな」  俺の後ろの席に腰掛けている大宮 和樹さんが、椅子をくるりと回転させてこちらを向き、いたずら混じりに笑いながら話しかけて来た。  GFに就職することになり、アステニー国に来てから、間もなく一年がたとうとしている。  大宮さんは、今でこそこんなに気さくに話しかけてくれるが、最初は、あまり話さない印象が強い人だった。  人見知りだったのかな。 「やめてくださいよ。おまえも、思い出すな恥ずかしい」  南は、先程よりも少し声を高くして、眉を上げて言葉を発した。  俺に話しかけて来た時とはえらい違いだけど、彼の二面性は、昔からだ。もはや天然なのかもしれない。 「あはは」  俺が再び南を見て笑うと、彼はまた思い切り眉を(ひそ)めた。  今度はなんで笑ってんだ?とでも言いたそうな顔だったが、首を(かし)げただけで、何も聞いて来る様子はなかった。 「のんきだよなー託叶は」  笑っている俺を見て、今度は南の隣の席に座っている雨宮 直人さんが口を開いた。  雨宮さんは、いつも笑っていて、一見、いい人そうだけど、たまに目が笑っていない時がある、不思議な人だ。一年一緒に働いてるけど、いまだにどんな人だか分からない。(つか)めない人って言った方が分かりやすいかもしれない。感情をそのまま表に出す大宮さんとは対照的な印象だ。二人は同じ年らしいけど、あまり仲良くしてるの見たことがない。 「今、灰の子と託叶の話で、世界はえらい騒いでるのに」  雨宮さんは、形の良い笑顔を作りながら、一人言のように(つぶや)いた。 「灰の子……。今まで、どこで何をしてたんだか……」  俺は、灰の子と言う単語を聞いて、少し声を低くして、話した。
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