1 最適な環境

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「この間来た転校生、結城君が親衛隊持ちの奴から告白されたってさ」 「へえ」 どうやらこの転校生は自らが歪むことをよしとせず、自然界の大波に真っ向挑み打ち勝とうとするタイプのようだった。エネルギー大量消費型である。 手短に鈴宮から伝え聞いたことをまとめると、転校生の結城はその類い希なる人の良さと素直さと性根の良さでとある人気者の隠された荒んだ心を癒やし、ついでにズキュンと撃ち抜いていったとのこと。治療とともに致命傷を与えるとは器用なものだ。 「それにしても展開早いね。結城君が来たの二週間前じゃん」 よっぽど直情的な性格なのだろうか。と、疑問に思うだけでとどめておく。そんなの親衛隊に聞かれたら悪口と捉えられる可能性がある。今夏夜達がいる学食では誰に聞かれているかわかったものではない。 本日の昼食であるカツカレーを吹き冷ましながら夏夜は結城のこれからを思う。 彼が今後どんな目に遭うかはひとえにそのお相手の親衛隊による。告白した時点で偵察が入り、彼らの信奉者とも言うべきお方に相応しいか否か一両日中には家柄から好物から何から何まで調べ上げるという、プロの興信所も真っ青な機動力を持つ親衛隊もあるとかないとか。まあ恐るべし。 で、問題なのがお眼鏡にかなう基準というのが親衛隊によってまちまちだということだ。つまるところ顔面至上主義者だらけの親衛隊を持った暁にはかなりハードルが高くなると。 ちなみに同室の鈴宮の親衛隊はほんわかした人が多いらしく、攻略難易度はイージーだという。それでも友人という立ち位置の夏夜にすら若干警戒の目を向けていたからその他の隊のレベルの高さが窺える。 外堀を埋める方が大変なのだ。 「ちなみに告白したお相手は?」 「……結構教室でもその話で持ちきりだったはずだけどな」 「あ、そうだったんだ?」 授業の合間にも噂は飛び交っていたらしい。休み時間はいつも寝ているから気付かなかった、ととぼける夏夜に鈴宮はため息を吐いた。お相手のことを聞く気になっただけマシな方だ。 「ごめんごめん。今はちゃんと聞いてるから」 「当たり前だ。これで聞いてなかったらお前寝ながら飯食ってることになるぞ」 「はは、マグロもびっくりだ」 「……寝ながら泳いだり立ってたりする奴はいても食事する生き物っていないと思うけど……いんの?」 「さあ?皮膚からいろいろ吸収できる生き物を栄養スープに漬け込めばあるいは……いや違う、話が脱線してる。その結城君のお相手のことだって」 「……ああ、そうだった。それが、」 「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああ!」 「……何?環境音で聞こえなかったんだけど」 「あれを環境音で片付けられる進藤がうらやましいよ。……向こう見てみ。噂の源泉の方から来てくれた」 「うん?」 ちょいちょい、と説明を中断した鈴宮が夏夜の後ろを指さす。「そっとな」という忠告に従って心持ちゆっくりと振り返る。と、確かに後方、学食の入り口に結城の姿があった。 そして横に遠目からでも華やかな雰囲気の長身が付き添っている。なるほど、あれが直情型で親衛隊持ちのお相手か。そうぼんやり見ているうちに二人が歩を進めて行き、だんだんと会話が聞き取れるようになってくる。 「──や、だから──ります」 「そんなこと──ずに───」 「困りますって!笹森先輩!」 なんだか告白してされての関係にしてはよそよそしい。早足で振り切ろうとする結城に笹森という上級生が長いコンパスを有効活用して食い下がっているようだ。付き添っていると言うよりつきまとっている。 「あれ。そういう感じかぁ」 「そういう感じらしいな」 一目で納得出来る構図に呟けば鈴宮も同情を滲ませた眼差しを結城に送った。 結城はお相手の告白を断ったらしい。 「まあそうなるかあ」 転校してきた先で親しくしていた上級生から求愛される……と聞けば結構オイシイ展開なのだが、いかんせん相手が対象外だった。残念。 そうなると先ほどの心配は全く別方向に向いてしまう。 付き合い始めれば小姑的なポジションの親衛隊が告白を断ったとなると今度は「どこに不満があるんだアアン?」というような押しの強い仲人さんにジョブチェンジするのである。くっつけたくないのかくっつけたいのかよく分からない。まあ好きな人を貶されたようでいやなのだろう。 「……ややこしいなあ」 「そんな顔すんな。不味そうに食ってるように見える」 「ええ。このカツすっごくおいしいんだけど……おっと、」 カツカレーの侮辱に反論すると、動かした左手に卓上の箸が当たって落としてしまった。一本は足下に落ちたがもう一本がコロロと転がっていくのをあらら、と椅子を立って拾いに行く。夏夜が手を伸ばす前にちょうど近くを通りがかった人が片割れを拾って差し出してくれた。 「あ、ありがとう……」 「ううん、大丈夫だよ、進藤君」 「……満の知り合い?」 「同じクラスの人です。だから彼を睨まないでください、笹森先輩」 拾ってくれたのは結城だった。いい人だなぁ……としみじみと感じ入りながら 背後をそっと見やれば鈴宮が頭を抱えてテーブルに突っ伏していた。同じポーズをとれるものならしたい。 そして結城と笹森が明らかに夏夜の乱入を原因とした言い争いを勃発させていた。 「だから、名前で呼んでくれって言ってるだろ」 「ちょっと言葉交わしただけでいきなりキスしてくるのを張り手で撃退した仲でどうやって呼べばいいんですか」 「それは時間を掛けてゆっくりと……」 「だから、お気持ちには応えられませんって何度も言ってますよね?いい加減諦めてください。恋愛対象としては見られないんです。すみません」 きっぱりと言う。結城はなかなかに気の強い性格だったらしい。 ただ、最後に謝る所や同性に好意を寄せられたことへの嫌悪感を一切出さないあたりに優しさが透けて見える。 困ったように結城に見つめられた笹森は断られたことに対して落胆した様子もなくそっか、と頷いた。 「……それじゃあ気長に頑張るよ」 「はあ?」 「今日の所はこれで。じゃあね、満」 あっさりと長期戦の宣言をして、笹森が手を振って去って行く。 いまだがやがやとやかましい学食で取り残され、棒立ちになっている結城に夏夜は「……一緒にご飯食べる?」とうっかり誘ってしまった。
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