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ロードレース全日本選手権最終戦、J-GP3決勝。
一周してダミーグリッドにマシンを着けると、メカニックが前後輪をスタンドに掛けて固定した。直ぐにタイヤウォーマーを巻き付ける。
「どうだ?」
チーフメカニックの大内が短く聞いてきた。
「路面温度がだいぶ高くなってる。リアタイヤが途中で終わるかもしれない」
レースクイーンの女の子が差し出してくれたスポーツドリンクを飲みながら、状況を説明する。
「ちょっと固めるか?」
大内がリアサスペンションに目をやった。
「いや、前後のバランスが崩れるからこのままで行くよ。他は問題無い」
「問題無い?」
芝居掛かった仕草で、大内は眉をつり上げる。
「悪かった。大内さんのマシンは完璧だ」
大内なりに、緊張感を和らげようとしているのだろう。俺は苦笑いを浮かべた。
「優貴のマシンも好調そうだぜ」
大差でポールを取った優貴は、リラックスしてメカニックと談笑している。こちらの視線に気付くと、爽やかな笑顔で手を振ってきた。カメラマンがすかさずシャッターを切る。
「メディア受けは勝負にならないな」
「レースは顔じゃねえ」
むきになって言い返す。
「どっちが子供か分からないぞ」
あきれた様子の大内が肩をすくめるのを見て、レースクイーンが笑う。
「虎貴さんも格好良いですよ」
慰めてくれたレースクイーンにドリンクを返すと、スタート時刻が近づいてきた。各チームのレースクイーンやカメラマンがコースから去り、華やかな雰囲気が一変、緊張感と入れ替わる。
タイヤウォーマーとフロントのスタンドをはずしたメカニックが、発電機で駆動するスターターでリヤタイヤを回し、エンジンを始動した。
ニュートラルで二、三回ブリッピングし、エンジンの機嫌を伺う。
「自分のレースをしてこい」
リヤのスタンドを外した大内は、俺の背中を叩くとツールワゴンを押してピットに戻って行った。
全てのマシンのエンジンが始動すると、グリッド上がエキゾーストノートに包まれた。
グリーンフラッグが降られ、ポールポジションの優貴を先頭にフォーメーションラップに入る。
コースをゆっくり回りながら、タイヤを作動領域に入れるよう走らせた。レーシングタイヤは温度や内圧などの条件がシビアで、走らせ方が寿命がを大きく左右する。無理な入力や急激な温度変化は禁物だ。トレッド面全体をゆっくりと慣らしながら、少しずつ温める。
戦いはすでに始まっていた。
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